《MUMEI》 第六話:ラブ☆ロック新と美砂は、帰り道に一軒の喫茶店に寄るのが日常である。 そこが勝弘の実家のライブ喫茶だからだ。 「おかえり。今日の試合はどうだった?」 サックスの音色が心地よく感じる店。 そんな店のマスターである勝弘の父親は三人を出迎えた。 「美砂が幅で二位。俺達は明日決勝だよ」 父子家庭である勝弘の家は、どこか淋しいのではないかと思われがちだが、 実に自由で音楽の絶えることがなかった。 勝弘の母親は、勝弘が小学四年生の時に亡くなっていた。 「それは良かった。おめでとう、美砂ちゃん」 「ありがとう、おじ様」 美砂はニッコリ笑って答えた。 「親父、今日はバンドの予約入ってないのか?」 勝弘はニヤリと笑う。きっとこの時間に予約がないことを知っているからだ。 「一時間だけだぞ。美砂ちゃんも早く帰さないと危ないからね」 「すぐそこだから大丈夫ですよ。」 そして三人はお客様の前にジャージ姿で現れる。 普通ならびっくりされるような衣装だが、常連達は大歓迎だ。 「よっ! 待ってました!」 「皆、今日の試合はどうだったの?」 「昴ちゃんはどうしたんだい?」 様々な質問が飛び交う中、新は残念そうな表情を浮かべて答えた。 「・・・・それが、昴ちゃんは失恋に失恋を重ね、とうとう立ち直れない状況に」 「新ちゃん、誰が失恋したんだよ」 後ろからコツンとツッコミが入る。 客から爆笑が起こる。 「それじゃ、一丁いきますか! 俺達が創ったラブソングを一曲」 ギターを担いだボーカルは新、勝弘のドラムにベースが美砂。昴はピアノに向き合う。 この四人のバンド名はこの時、まだ「晴天」ではなかった。 「聴いてください。タイトル」 「『ラブ☆ロック』で!」 いきなり美砂が叫ぶ。 そして新との立ち位置が変わったことに客達は驚いた。 それは美砂がメインボーカルを張ると言うことだ。 四人はアイコンタクトをとると、美砂だけの歌声から始まった。 「壊れるほど君を愛したら この思いは届くのかな? ベタな愛情表現さえ出来ないの 夢見太陽(たいよ)!ささやかな恋」 少し静まる。そして急激なアップテンポに観客達は大歓声を送った。 この歌が一年前の美砂の心情そのままだったと知るのは、また先の話。 そして翌日、疲れ知らずの四人は絶好調で試合に臨む。 前へ |次へ |
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