《MUMEI》
第七話:鉢巻き
 この日の試合を忘れることが出来るだろうか。
 きっと競技場にいた者達のほとんどが記憶になんか留めていなくても、
 新達四人は忘れることが出来ないものになる。

「やったぁ!」
「よし!」

 勝弘の男子二百メートル決勝の結果は、
 ぶっちぎりの一位だった。
 本人も納得行く走りだったらしく、息を切らしながらも嬉しそうだ。

「やったな、勝弘」
「はい、あいつは凄い」

 いつもだったら大はしゃぎの新と昴だが、今から自分達も八百メートルの決勝だ。
 そして最大のライバルがここに揃っているのだから・・・・

「新、千五の予選でバテてないよな?」

 微笑を浮かべて昴は尋ねると、

「もちろん。俺は昴さんに勝つために力を温存してたんだ。絶対負けない」

 普段が仲の良い分だけ、恐ろしく火花が散る。
 しかし、純粋に走ることが好きだという気持ちはお互いに持っていた。

「それじゃ、いこうか」

 二人はフィールドへ出ていく。
 美砂はリレーの召集場所から、赤いユニフォームの二人を確認していた。

「美砂はどっちを応援するの?」

 チームメイトの薫が好奇心旺盛で尋ねてくる。

「新だよ。新が八百メートルに掛ける思いって半端じゃないもん。
 この冬にとんでもない量を走り込んだんだから、絶対に勝てるよ」

 普通なら惚気だと思われてしまうだろう。
 しかし、恋愛感情全てを抜きにして美砂が新を応援していることを陸上部全員が知っていた。
 新はそれだけ走った。一歩も動けなくなるほど自分を追い込んだ。そこまで努力したのだ。

「勝つと良いね」
「うん」

 中野新は第五レーンに立っていた。

「男子八百メートル決勝、出場選手を紹介します」

 アナウンスが次々と選手の名前を読み上げていく。

「第四レーン、仁科昴君、南城高校」

 昴は手を挙げ一礼する。
 その動きでさえ全国一位の選手としか思えなかった。

「第五レーン、中野新君、南城高校」

 頭に赤い鉢巻きを巻いて新は決勝に臨んでいた。
 美砂がこの日のために新だけに作ってやったものである。
 片手をすっと上げて、フィールドに溶け込んでいく新が綺麗だと美砂は感じていた。

「負けるな」

 新はそう囁いた。そう自分に言い聞かせたのだ。
 そして紹介が終わり、いよいよレースが始まる。

「位置について・・・・」

 沈黙がおとずれ、それははじけた。
 勝負が始まったのだ。

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