《MUMEI》

途中、生前母が大事にしていた人形と仕事で使っていた靴をまとめ、それらの全てを車のトランクに積んだ。


向かうのは父の自営先。


いまは思い出の余韻だけが生きる、

忘れられた地。


庭に止めた小さなレンタカーに違和感を覚える。

この場所には、父の車がいつも止まっていた。

車のキーを回すと、
高校時代によく聞いた懐かしい曲が車内を占領し、
戻る事の出来ない過去の残像だけが、

影絵の様に美しく動きだした。


手を伸ばせば届きそうな、

それでいて決して掴む事の出来ない遠い日。

こんなにも過去を愛しく思った事があったかと、

改めて気づく。


それならば、

残された日々の愛情を、

しっかり噛みしめて生きねばと、

気づく。


人は弱い。


いつか、別のレンタカーを借りて母の好きだった海に行こう。


その時が来たなら、


きっと今より笑っていれるはずだから。

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