《MUMEI》

「……なんで俺を見付けちゃうんだ。絶対、絶対、会いたくなかったのに。」

二郎はそう言うけれど、俺よりは会いたかった顔をしている。

退院が延びたという負い目から病室に時折顔を出すようになった。

「お見舞いに来たんだろ、何かくれないの?」

二郎は決まって飴を渡してくれる。
二郎が此処に来たのは俺と同じで多分、現実逃避だ。

消毒の香りや無機質な色調は別世界で、頭を空にするには調度良い。

俺は読書に耽っている間、二郎はぼんやりと窓を眺めたり宿題をしたりした。
一度言葉で切り離した距離の分、ぎくしゃくしてしまい上手く話せないけれど、一緒に時間を過ごして埋めていた。

二郎が訪ねると俺が思いの外のびのびとしていたので、母さんも遠慮して二郎が来たらすぐ帰るようにしてた。



「……今日、七生がダンクシュートしようとして手前の人を跳び箱したんだ。
でも、ボールは狙い通りゴールに入ってさ、あれは凄かったなあ。」

二郎が一方的に“今日の七生”を報告する。

後は話題は無い。

天気や、勉強、一緒にぼんやりしたり。
悩みを聞いてやりたいけど、それは七生の役目で好奇心は破滅の元だ。

俺が聞く資格は無い。
二郎だって秘密の一ツや二ツあるだろう。

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