《MUMEI》

「ど、どこへ?」


亘君を無視して私に笑顔を向ける三枝さんに、私は戸惑っていた。


「私の両親の家」


「い、嫌です」


過去の経験から、私は抵抗した。


「あのね、別に蝶子ちゃんを引き渡すわけじゃないから」


「じゃあ…どうしてですか?」


恐る恐る訊く私に、逆に三枝さんが質問してきた。


「じゃあ、どうして蝶子ちゃんは私に『全て話して下さい』って言わないの?」

「そ、それは、その…」


祖母の話を伝えていいのか、私は迷っていた。


「それに…

七月始めまでしつこく私に『怒らないから正直に話して』って何度も言ってた母さんが、最近は何にも言ってこないから、気になってたの。

一緒に、確認に、来てくれない?

お願い」


そう言って、三枝さんは私の手を握った。


その手は震えていた。


祖母の言動を確認したかった私は、ゆっくり頷いた。

「ありがとう」


「いいえ。あの、でも…私、明日から仕事なんで…」

「わかってるわ。帰りは、東京駅まで送るし、交通費も出すわ」


「ありがとうございます。でも…乗り換えの都合で、あまり遅くは…」


「わかってるわ」

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