《MUMEI》 第五話:風野翡翠シチュエーションはばっちりだった。 桜の花びらが舞う木の下。 男女にとってこれほどの告白に適した場所も少ないだろう。 中松は翡翠の澄んだ茶色の目をじっと見つめて、 「あの、風野さん。俺・・・・君のことが好きなんだ! 付き合って下さい!」 人生の一大決心。 中松は長年の思いをようやく風野翡翠に伝えたのである。 ふわふわした美少女は桜色の頬に少し赤みを帯びさせたが、 「えっと、誰に頼まれたのかな? きっとクラスの皆のいたずらの種にされたんでしょ?」 にっこり笑って翡翠は答える。 さらさらしたボブカットが揺れた分だけ中松の心もこけたのだった。 翡翠のクラスメイトはたいていお祭り好きだ。 特に中松はからかわれる対象になってることも知っていた。 「違うよ! 俺は本気で・・・・!」 「スマン、翡翠。あいつらがまた面白がって悪戯したんだ。災難だったな、中松」 「篠原!」 今一番出てきて欲しくない人物が現れた。 そして、その人物の登場に翡翠の目は輝くのだ。 「え〜! 私、本当に告白されたのかと思ったよ! ちょっと嬉しかったのに」 逆だということぐらいその場にいるものなら誰でもわかる。 少しだけ膨れっ面してるのは、快に自分の気持ちを知られたくないから。 そして、いつもは人一倍鋭い癖して、彼女のことになると全く鈍感になってしまう快は、 「翡翠、お前が好きだっていう物好きがどこにいるんだ? よ〜く考えてみろよ」 元々が冷静、秀才の代名詞を背負っている快に、翡翠は一言も発することができない。 「いいか、お前が生まれて十六年間、 俺はほとんどお前と同じ屋根の下に暮らしてるよな。 その間で一度でもお前に彼氏が出来たなんてことがあったか? それ以前に告白されたことがあったか? 浮いた話ひとつ出たことがあったか?」 中松は心の中で真っ青になっていた。 翡翠に恋話一つも出ないわけがない。 それだけ彼女はモテる。 だが、それを全て快が妨害しているに違いないのだ。 「そんな、ひどいなぁ」 純粋、単純の代名詞を背負う翡翠は、快の裏工作も知らず、 ただただ納得するのであった。 「とりあえず、修達も待たせちまってるから早く帰ろう。 今晩は皆でバーベキューやるみたいだからな」 「うん。それじゃあね、中松君」 「風野さん!」 中松が呼び止めようとしたが、快はいつもよりでかい声で翡翠に話しかけた。 「翡翠、今度二人でクリーンランドいかねぇ? 大地の奴がタダ券くれたんだ」 「行きたい! 大地ちゃんありがとう!」 もはや二人の世界に手を出すなと言う威嚇であった。 そして、その一部始終を見ていた者達は、口々に同情の声を漏らすのだった。 「かわいそうに、中松」 「仕方ねぇさ。相手が悪すぎる」 一部始終を見ていたサッカー部員達は中松に同情するのだった。 「それにしても、快の奴もいい加減素直になればいいんだよな。 白の奴みたいによ・・・・・・」 いつまでたっても告白しない快に、 少しだけ非難の声もあがるのだった・・・・・・ 前へ |次へ |
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