《MUMEI》
五十嵐桃太。
『なんや!?覚えてへんのか…。
俺、五十嵐桃太(とうた)!…どや!?ええかげん思い出したやろ?』




『…いえ。全く!』




“新手の勧誘…?
…それとも最新版オレオレ詐欺!?”




私がここまで疑うのも無理は無かった…。




だって今まで男の人と、関わりがなかったのだから、こんなに親しげに話してくるイケメンは、怪しすぎた…。




『なんや!?その顔…。』




五十嵐と名乗る隣人は、とても不機嫌そうに、つぶやいた後…




『そや!!ちょ〜待っとり!証拠、見したるわ!』




と言い、慌てて自分の部屋へ戻って行った……。




ドン!ガン!ガシャン!




また派手に暴れてるな…。今やっと片付いとこじゃないの…?




『ほらっ!これ見てみ!』




渡されたのは古いアルバムだった…。




『これ…私の卒業した幼稚園のアルバム………。』




『開けてみ!!』




『…………。』




アルバムを開くと、遠い記憶が蘇ってきた……。




どの写真を見ても、笑ってる私の隣には、悪ガキっぽい男の子…。




『…いがらし…とうた。
……桃太。…ももた!?
とうたって“桃に太い”って書いて“とうた”!?
あんた、ももたなの?』



『はぁ…気付くの遅っ!
ヘコむわ〜。
ま〜男前になってしもたで、わからんのも無理は無いけどな(笑)。』




『…全然分かんなかった。小学生の時に、ももたが転校しちゃってから会ってないもん。…何年経ってると思ってんの!?』




『そやな!俺も、大阪から十数年ぶりに地元に戻ってきたわ〜。
全然知り合いもおらんし、不安やったから咲良がお隣さんで助かったわ!
これから色々教えてな!
ほんまラッキーや!
ほなっ!また。』




隣に引っ越してきた人は“変人→イケメン→同級生”と次々に姿を変えた。




と言っても、私が勝手にあだ名を付けてただけなんだけど…。




でも久しぶりに、ももたに会えて嬉しかった。




今日は、ずっとひきこもるつもりだったから…




1人でいると、余計な事ばっか考えちゃうし…




『ももたに貰ったお香…
使ってみよう…。』




色んな香り付きのお香がある中で、私は“バニラ”を手に取った…。




『ライターは…。』




テーブルの上の、吉沢さんが忘れていったライターを見つけて、お香に火を点ける…。




キレイな一筋の煙は、ゆらゆらと揺れながら、徐々に部屋中を甘い香りに包んでいった…。




細く長かったお香は、みるみるうちに短くなり、受け皿には灰が落ちていく…。




『…吉沢さん。』




私は、彼の忘れていったライターを握り締めながら、わんわん泣いた。




“強くならなきゃ。”




心の中で何度も何度も、繰り返した。




吉沢さんと付き合ったことを後悔したくなかったから。




この先…何ヵ月後かには、必ずやってくる別れの時に、笑顔で“さよなら”したかったから。




このままじゃダメだって…




泣いてちゃダメだって…




自分に言い聞かせた。




『…会いたい。』




今は、その気持ちを抑えることしか出来ないけど…




吉沢さんが奥さんのもとで笑っていられるように…




吉沢さんの奥さんが無事に元気な赤ちゃんを産めるように…




そんな風に…
心の底から願える日がくればいいな…。

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