《MUMEI》

カウンターにいる咲子さんは私に笑顔を向けた。


その時。


「蝶子さん、ちょっと爪見せてもらえます?」


「? こう、ですか?」


私は、お盆を脇に抱えて理美さんに向かって手の指の爪が見えるようにした。


「…もういいです。
ありがとうございます…」

「いえ…」


(どうしたんだろう)


厨房に入っていく私を見て、理美さんは大きくため息をついていた。


それから私は、冷蔵庫からグレープフルーツゼリーを取り出し、咲子さんが入れてくれたコーヒーと一緒に若い男女がいるテーブル席に運んだ。


テーブル席の二組に出す料理は、これで終わりだった。


「そうなの!?」×3


ホッとして厨房に戻る私に、咲子さんと愛理さんと理美さんの声が響いた。


「ちょっ…」


有理さんが慌てるのも無理はなかった。


テーブル席の二組は、カウンターに注目していたから。


「ちょっと待っててね」


私と入れ違いに咲子さんがテーブル席に向かった。


既にお茶漬けを食べ終えたサラリーマン達は、テーブルで会計を済ませてすぐに席を立ち…


長居しそうだった若い男女も、咲子さんの説明に、比較的早めに店を出ていった。

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