《MUMEI》

『吉沢さん!!』




1人で先にビールを飲んでいた吉沢さん。




『よっ!ただいま。』




『おかえり…。』




いつも通りの吉沢さんの笑顔に涙が出そうになったけど、さすがに我慢した…。



『早かったんだね…。帰りはもっと遅くなると思ってた…。』




『あぁ…明日から仕事だしな。早めに帰ってきた。』




『そっか…。
私、吉沢さんに謝らないと…こないだの事…。』




『いや。俺が悪いんだ。
実は最近、嫁から頻繁に連絡がくるようになってって…。俺、どうしたらいいのか悩んでたんだ…。
だけど、昨日嫁に会って…なんか気持ちの整理がついた…。
変な言い方かもしれないけどさ…。』




『…そっか。…奥さんどうだった?元気だった?』




『…うん。
体調もいいって…。お腹の子も順調だってさ…。
それで…これからは毎週、休みの日は嫁の顔を見に行ってくるよ。』




『…わかった。』




私は心に、わだかまりを持ったまま…笑顔を作った。




吉沢さんはスッキリとした表情…。




“私の話は聞いてくれないのかな……。”




このまま、何もなかったことになるんだね…。




『…咲良!どうした?』




『…ううん。別に…。』




『そっか。咲良は?
…この週末何してた?』




『う〜ん。ゴロゴロしてたよ…。あっ!でもね。
隣の部屋に、同級生が引っ越してきたの!!
久々だったから、驚いちゃった!』




『へぇ〜。すげー偶然だな。女の子?』




『ううん。男!
私は、ももたって呼んでるんだけどね。
昔は、一緒にお昼寝したり、お風呂に入ったりしててすっごく仲良かったんだよ。[将来はももたのお嫁さんになる!]とか言っちゃってさ…。
あ〜!?吉沢さん。
やきもち妬いてる〜!?』




『…おぉ。かなり妬くな。そいつに会ってみたくなったよ(笑)!』




そう言った吉沢さんだけど、やきもちを妬くどころか、どこか余裕すら感じられた。




『なぁ〜咲良。
変な意味に取らないで欲しいんだけどさ…。
もし…もしも…だぞ!
咲良に、他に好きな奴が出来たら俺のことは気にしなくていいから…。』




“どうして…今そんな事”



『…うん。わかってる。
分かってるけど、そんな事言わないで…。
私は、吉沢さんが好き。
きっと、これから先もずっと好きだから…。』




『…うん。分かった。
でも、今言ったことは覚えといてくれな。』




『うん。』




私たちはその後、何もなかったように食事をして、お互いの家に帰った…。




仲直り…したのかな?
そもそも、あれはケンカだったの…?




結局…私は、また吉沢さんに本当の事を言えなかった。




吉沢さんを拒んだこと…
いつでも言おうと思えば言えたはずなのに、逃げてた…。
ダメだな…私。




『咲良!おかえり。』




ベランダから、もくもくと煙をあげている、ももた。




『…ただいま。って…あんた。何やってんの?』




『見たら分かるやろ?
サンマ焼いてんねんっ!
サンマは七輪に限るで。
お前にも食わしたるで、あがってこい。』




『…結構です。』




『なんや!!さっきから辛気臭い顔して、歩いてたん見てたんやぞ!
どうせ、彼氏とケンカでもしたんやろ?
愚痴聞いたるから、早よ来い!!
サンマが焦げるやろ!』




『…わかったよ。
行くから大きな声出さないで!近所迷惑でしょ!!』




“もう!ももたったら!”

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