《MUMEI》
第九話:こんなに遠い
 ラスト四百メートル、スローペースから一気にハイペースに変わる。
 スタミナとスピードが試される。
 レベルの違いが明確にされていた。

「嘘だろ・・・・あと三百も残ってるのにあんなに飛ばしても平気なのかよ・・・・」
「昴・・・・何がなんでも勝っておけ」

 いつもより昴の追い上げが早い。
 昴と原井賢吾を追い掛ける力が残っていたのは新だけ。
 しかし、その差も十メートル近く広がっていた。

「先生、新はまだいけますか?」
「チャンスはある。あれぐらいでへばるスタミナじゃない。
 ただ、昴のトップスピードに残り百でどこまで追いつけるかだが、
 あの前の二人がまだスピードが出る可能性の方が高い。
 あいつもそろそろ仕掛けなければ二位にすらなれない」

 出来れば追い付いてほしいと松橋は思っていた。
 新の努力は松橋も認めている。
 昴に今年は近付き、来年は昴のタイムも抜くと見越していた。
 だからこそ、この大会で自信も付けてほしいと思っていたのだ。

「新! 追い付け!」

 松橋の檄が飛ぶ。その声は新に届いた。

『負けるかよ』

 新のスピードが上がり始めた。
 赤い鉢巻きが風に靡く。
 残り二百にはその差は五メートルもなかった。

『新も来たか。さて、こいつらをどうやってバテさせるか・・・・』

 昴はまだ考えるだけの余裕があった。
 ピッタリと並ぶ賢吾を負かすためには、明日の千五の決勝に疲れを残すかもしれない。
 しかし、負けるよりはマシだった。

『悪い、まだ全国で一番はやらない』

 昴は一気にスピードを上げた。
 それに賢吾と新は必死に食らいついていく。

「昴! 絶対に勝て!」
「新! まだ離されるな!」

 松橋と勝弘はお互いの役目が分かっているかのように叫ぶ!
 だが、残り百で新はスピードが追い付かなくなった。

「あらたぁ!」

 美砂は少しずつ離されていく新に力の限り叫んだ!
 離れてほしくない、これ以上負けてほしくない、それだけだった。

『くそっ! 何でこんなに遠いんだよ・・・・』

 レース中なのに涙がこぼれてくる。
 少しでも追い付いたと自信を持ったのに、それは全く意味を持たなかった。
 自分はまた負けるのだ。

『くそっ! まだ食らいつくか』

 後は根性比べ。だが、負けるわけにはいかない。


 ゴールする、速報が流れる。
 三人は関東大会に出場することだけが決定した。

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