《MUMEI》

「良い部屋だ。此処が二人の愛の巣に成るのだね。」

誉は高身長で三寸程も林太郎より上回っていた。
其のせいで林太郎は軽々と寝具の上に寝転ばせられてしまった。

「律郎君……薔薇の香りがするようだね。」

武道を熟している誉は素早く林太郎の襟を寛げ始める。

「私の香りは身に着けた物ではございません、是非、此のようなまやかしよりも温室で本物の薔薇を観賞なさるべきです。」

林太郎は男性恐怖症に成るなら此の男が起因する確信を持てた。

「御馬鹿さんだね、僕は君の残り香が慾しいのだよ。」

誉は数々の貴婦人を陥落させていった蕩けるような視線を送る。

「誉様の其の上等な残り香の上に私を被せるのですか。私のような下賎な人間に其のような無謀な行為をさせようと云うのですか。」

林太郎の鼻を掠めたのは西洋の一級品の香水であり、其の香りを纏える者は同時に彼の許婚に匹敵する財力の持ち主である。

影近誉は婚約するには適齢期であり、許婚や恋人が居てもおかしく無い。

「……参った、負けたよ。流石あの北王子家に見初められただけの実力は有る。」

誉は爽快に笑う。
林太郎は危うく人を殺める覚悟までしていた。

「誉様、御食事をなさる前に乗馬等如何ですか。」

実朝がノックの後、扉を開く。





「――――――――っ、」

林太郎と実朝は互いに視線を交わした瞬間、絶句した。

林太郎が寝具の上で乱れた襟を正していた時である。

「乗馬はいいや、律郎君が温室に連れ込んで呉れるそうだから。」

誉は僅かに語弊が含まれる物云いをした。
林太郎は厳戒態勢で誉と距離を置く。

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