《MUMEI》
現実
「まただ。」
最近よく過去に執着してしまう。
過去なんて変えようの無い事実なのだ。
葵の過去も、仁田の過去も。
それなのに、過去が変わらないかと願ってしまう自分が疎ましい。
そんな事を考えている内に、ようやくバスが来た。
遅くなった通学が始まった。
いつもの日常。
ガードレールを目で追いながらひたすら校門を目指す。
下駄箱で担任に見つかり葵は目を合わさないように下を見た。
「樋口が遅刻なんて珍しいな。」
不思議そうに担任が話しかけて来る。
「ちょっと病院に行ってました。」
上履きを履いて、カバンを拾うと、横を通って教室に向かおうとした。
「そんな時は朝の内に連絡するようにな。あと、話するときは目を見ろ。」
担任に掴まれた右腕。
長袖が捲られて、葵の腕に入った複数のためらい傷が光に晒される。
担任は言葉を失っていた。
「中途半端に首突っ込むくらいなら、最初っから何もしないでください。」
腕を振りほどいて袖を戻すと、葵は教室へと消えて行った。
担任は、ぼんやりとそれを眺めた。

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