《MUMEI》
第十話:届くはずの歌
 二十五歳になった新は、地区大会の決勝のときをインタビューで語ったことがある。

「あの時、初めて賢吾に出会いました。
 こいつけっこう抜けてる性格してる癖に、恐ろしく遠い存在だと感じました。
 だけど、こいつと音楽で出会えた時に、
 俺は立ち直ったんですよ」
「新ちゃんは根っこからいいやつですからね」


 八百メートルの速報は恐ろしいものになった。
 三位の新ですら大会新記録。
 一位の昴と二位の賢吾は、高校新記録を叩きだしたのだった。

「うわあああ!!」

 会場が割れた!
 すべての観客達が拍手を送った!
 昴はガッツポーズをとり、賢吾も会場に手を振る。
 しかし、普通なら自己ベストに大会新記録を叩きだした新に送られてもいいであろう賛辞を、
 かけてやれるものが誰もいなかった。
 恋人の美砂ですら、真っ白になっている新たに何も言えなかった。

「新、早くダウンに行け。
 お前にはまだ明日の千五が残ってるだろう。
 そこで昴に負けるな。ここで潰されるな」

 松橋は新にタオルをかけてやり、昴の元へ行く。
 新に必要なのは強さ。けっして慰めの言葉なんかじゃない。

「・・・・くそっ」

 新は静かに歩き出した。


 この地区大会、男女ともにリレーは関東大会に駒を進めた。
 南城高校始まって以来の快挙となり、当然総合優勝に結び付いたのである・・・・

「おかえり」
「ただいま」

 勝弘はカウンターの席へと腰掛ける。
 その前に冷えたオレンジジュースが置かれた。

「今日は一人で帰って来たか。
 新と昴ちゃんが激突した後はいつもそうだな」
「仕方ないさ。新参者にまで新は負けたんだ。
 明日もきっと四人で演奏できないな」

 悲しいジャズが店内に鳴り響く。
 昨日はノリノリでロックを歌ってた活気は消え去っていた。

「試合が終われば新はひょっこり来るさ。
 あいつもお前も音楽が好きなんだろう?
 何より、昨日美砂ちゃんが書いた曲、演奏してみる価値がありそうだ」

 マスターは勝弘の前に楽譜を差し出した。

「・・・・せつねぇ。今までで一番せつない」

 勝弘はそうつぶやく。

「ああ、俺もそう思う」

『本当に伝えたい気持ちはここにある
 それは人を愛したこと』

 勝弘はきっと落ち込んでいるであろう新に、明日この歌詞を見せようと思った。
 きっと新には通じるはずだから・・・・

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