《MUMEI》
四月二十二日 水曜
 裏でバイクの音がした。そして弾けるような笑い声。りんクンだ!春休みがあったので角南クンの友達が来るのは久しぶりだが、今日は彼一人のようだ。
 かんかんと金属製の階段を二階に上がる音。その後を足を引きずるように角南クンが上がる。
「俺の背中に涎垂らしたんだろ!調べてそうだったら洗えよな!」
 ・・・な、なんと何が起こった?
「お前がスピード出しすぎるからだ!時速二百六十キロなんて!翼があったらどっかにすっ飛んでってるぞ!」
「へーん、大介のこわがりーっ!」
 ほっ・・・バイクを知らないわたいは二百六十キロがどのくらいか分からないが、きっと凄く速いんだろう。今日は後ろに角南クンを乗せて送って来たのね。彼らの口調に年の差はないみたい。

 しばらく立つと今度は階段を下りる音。丁度、わたいは庭の花に水をやりに勝手口から出た。
 そこには長い丈のTシャツで素足を出した少年が、『燃えるゴミ』の大袋を集積箱の網の下に入れているところだった。少し屈んだ後ろ姿で、Tシャツが少し持ち上がりお尻がちらと見える。おお!身体に吸い付くように薄く黒いブリーフ!
 わたいに気が付いて、彼は慌ててTシャツの裾を下げた。真っ赤になっていた!可愛い!
「あ・・・こ、今日は!・・・今日はちょっと大介を送って来ただけです・・・でもあいつの部屋汚くて・・・」
 声も透き通るように高い。
「この間のお芋、美味しかったです!」
 彼はぺこりと頭を下げて小走りに階段を上がっていった。
(んまあ・・・角南クン、彼女要らないじゃない)
 わたいは湧き上がる妄想をゆっくりと醸成させるため、居間に戻りタバコに火を付ける。
 何か怪しい音がしないかな・・・くくく

 しばらくすると果たしてどすんと尻餅でも突く音!耳を澄ましたが近所で子供が泣き出し、残念ながらその後は何も聞こえない。
 きっと二人であんなことこんなことをしてるんだろう・・・などと絡み合う二人を想像する。
 わたいはテーブルの上に置いてあった画帳を開くと夢中で妄想を描き付けていった!りんクンは絶対『女役』だよね!
 男なのに絹のようなすべすべした足をしていた!眼福眼福!
 わたいの画帳には、艶めかしくも美しい少年と屈強な青年の激しいセックスが鏤められていく・・・

 一人で夕ご飯を食べた後もわたいは描き続けた。十二時頃、描き疲れてテーブルの上に突っ伏して寝てしまった。

 そのとき階段を早足で下りる音!夜中なのに!常識無いの?わたいは少しがっかりとした思いで、キッチンの明かり取りの窓をそっと開けて駐輪場の方を見た。
 外灯の灯りの下に誰かがバイクに辿り着いた。歩き方がぎごちなくよろよろしている。りんクンに違いない。身体全身に銀色のスーツを纏っている。バイクスーツというやつか。身体の線がはっきり出ている。なんてスタイルがいいの!
 でもなんか様子が変だ。角南クンは出てこない。
 りんクンはバイクに寄りかかると、頭を下げて身体を小刻みに震わしている。・・・泣いているのだろうか!長い髪が顔の下に垂れているので分からないがしゃくりあげている。
 そしてバイクを押して外の道に出ると跨り、はじめてエンジンをかけると走り去った。

 わたいはどきどきして彼のバイクの音が聞こえなくなるまで呆然と外を見ていた。何があったの?・・・まさかわたいの妄想が現実になったんじゃ・・・

 するとゆっくりまた一人降りてきた。音がしないので裸足だろう。その男はトランクスしかはいてない!背中の筋肉が見事に盛り上がっている。角南クンだ!運動は何もしていないけど親譲りで身体だけはごついと自分で言っていた。
 でもその背中に凄い傷があるのが暗闇でも見えた!まるで半魚人のエラのように肩胛骨の辺りから斜め下に付いている。りんクンに付けられたんだ!
 彼はふらふらとしながら駐輪場でバイクを探していたようだ。
 バイクがないことを確認したのだろう。上を向いて何か叫んだ。まるでフェリーニの映画、『道』のアンソニー・クインのようにそのまま膝を突いた。

 そして頭を抱えてしゃがみ込んだ。

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