《MUMEI》

「二郎……零してる」

乙矢に指摘されて気付いた。カレーが服に付いている。

「ギャッ!」

ぼんやりし過ぎだ。

「どうぞ。」

安西が濡れタオルを渡してくれた。

「流水のが早い。」

乙矢に水道のとこまで引っ張られる。

「乙矢、ちょっと……」

「なんで来たときより弱っているんだよ。あーあ、青白い顔して……」

乙矢の柔らかい掌が頬に触れた。

「病み上がりだから。」

乙矢、甘えさせてくれるモードだ。
俺はこれで幾つもの秘密を洗いざらい吐き出された。

「知恵熱か?また、七生絡みだろう。」

「……俺、七生と上手く話せないよ。もう駄目かも」

擦れ違ったままだ。

「昨日の夜、バンガローで何かあったんだろう?」

相変わらずのエスパーだ。
「七生だとね、思っていたんだ。仲直りのつもりで…………ぶちゅーって。」

「誰かは?」

「七生と乙矢ではない。」





長い沈黙を破り乙矢が口を開く。

「言ってしまえばいい。

大体、二郎がこんなになるまで弱っていることに気付け無い馬鹿が悪い。

……喧嘩、すればスッキリするんじゃないの?
拗れたらなんとかしてやる。お前達の仲を取り持つのが俺の使命だから。」

「お、乙矢〜〜〜〜……」

泣きたくなった。乙矢の服の裾を掴みたくなる。
多分、幼い頃からの癖だ。

「おりゃ。役得ー。」

突然、乙矢に抱きしめられた。

「苦しい……ふぁあ!」

首筋あたりを嘗められた。

「これで七生に秘密が増えたじゃないか。」

悪戯っぽくこの男は笑うのだ。

「……!」

耳を押さえる。

「……秘密なんて隠そうとしてもどこかで綻ぶんだから、身の丈に合わないことはするな。」

乙矢が蛇口を捻り、流水でカレーの染みを揉み洗いする。

「…………うん、
分かった。乙矢って俺の救世主様だね。」

ずっと、そう思っていたんだよ。



「二郎は俺のファンタジィだから。」

 「 ? 」

ファンタジィ…………?

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