《MUMEI》
第十一話:賢吾の歌
 憂鬱だ、憂鬱だ、憂鬱だ。
 三回唱えても心が晴れることはなかった。
 昴に負けた、賢吾に負けた。それだけが事実でその分だけ心が重たい。
 今から迎える千五の決勝戦にも心がない。

「新!」

 観客席から美砂が叫ぶ。勝弘も一緒だ。

「いつまでクヨクヨしてるんだ!
 私があげた鉢巻きを無駄にするな!」
「・・・・無駄にって、そんな気分じゃ」
「勝て! 昴に負けるな!」

 美砂は有無も言わさず一方的に叱り付ける。

「お前、いい加減に」
「いい加減にしとけ。美砂が勝てといったら勝て。
 それに新しい曲が出来たんだ。試合が終わったら俺の店に来い。ほら」

 勝弘は楽譜を渡した。それは切ない物語で・・・・

「ほら、行ってこい」
「・・・・ああ」

 歌わせたいと思った。
 頭の中にこびりついた歌詞がある。
 自分に勝たなければならないと、そう思わせる歌詞があった。

「こんなにも思ってる
 こんなにも祈ってる
 君に無事でいてほしいと」
「我ながらいい歌詞でしょ!
 ラブソングはせつないぐらいが良いんだよね」

 この言葉が、後に新達を苦しめることになるなど、
 勝弘はまだ思ってもみなかった。

「さて、自己ベストが出るか出ないか賭けるか?」
「私は去年より十秒以上縮まるに賭けてあげる!」
「どうかな? 立ち直ったか分からないのに」

 勝弘は笑った。しかし、この賭は美砂の圧勝だった。
 新は二位に入り、自己ベストを十六秒縮めたのである。


 そして試合後、ついに運命の出会いがやってくるのだ。

「昴ちゃん先に帰ったのか?」

 昨日も今日も一緒に帰っていないと、何だか妙な感じだ。
 まあ、昨日は自分が落ち込んでいた性だが・・・・

「うん、なんか面白い奴に会ったからかっちゃんのとこに一緒に来るって」
「新しい仲間か! そりゃいい!」

 どんな奴だろうと音楽好きなら歓迎する。それが新だ。

「きっと新とハモったらとんでもなくいいものが出来るんだって。
 昴がそれだけ惚れ込むなんて奇跡だよね」

 美砂は音マニアの昴が気に入っていると言うだけで、
 おそらくそれほどの声を持っていると期待していた。

「まあ、昴ちゃんのことだしな、とんでもない奴を引っ張りこんでそうだが」

 勝弘の予想は当たる。
 喫茶店から澄んだ声が響いてくる。
 それは文化祭で披露する予定の新曲。

「この声・・・・」

 ドアを開ける。
 飛び込んで来た声に新は呆然と立ち尽くす。

「いつかあなたに
 この小さなものが
 精一杯生きてると
 伝わるだろうか」

 賢吾が歌っていた。

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