《MUMEI》

「ね、雪月。昔、私が小さな頃、迷子になったの覚えてる?」
「覚えてますよ。買い物に出掛けてその帰り道で、でしたね」
「それでね。私一人で泣きながら歩いてた時、知らない女の人が声を掛けてきたの」
「知らない女、ですか……」
「さっきの歌、その時その人が歌ってた歌で、私を送ってくれてる間中ずっと歌ってた。この歌は指斬り様を歌ったモノだって、なんだかとても悲しそうな顔で言ってたの、よく覚えてる」
雪乃の話を聞き
雪月は李桂へ、何か解ったかと向き直る
分かる所か分からない事が益々増えた様な気がして李桂は首を横へ振って返した
「しかし李桂」
小難しい顔で黙り込んでしまった李桂へ雪月からの声
何だと返せば
「一体、あなたの周りで何が起こっているんです?」
今更な問い掛け
だが、それを整理しに来た李桂に明確な返答など出来る筈もなかった
「俺にも解らん」
と返すのがやっとで
話は一向に進む気配がない
暫し無音の時が流れ、だがその直後
屋敷の廊下に、けたたましい脚の音が響きだす
「雪月殿は居られるか!?」
どうやら客人らしく、勢いよく襖を開くと中へと入ってきた
「これは李桂殿も御一緒でしたか。これは好都合」
来客は役人で
何か騒動でも起こったのか随分と慌てている
「何事ですか?」
雪月は変わらず穏やかな声で返し、その声は相手に落ち着きを取り敢えず取り戻させ
一息ついて、事の説明が始まった
「人斬りが、人斬りが現れたのです!今も暴れては人々の指を斬り落としているんです」
聞かされたソレに雪月、そして李桂の表情が強張る
食べかけていた柿の残りを完食すると立ち上がっていた
何を言う事もしなかった李桂だが、雪月は理解したらしく彼もまた立ち上がる
「雪月、李桂さん。気をつけて」
不安気な表情の雪乃へ
雪月は口元に笑みを浮かべ彼女の頬へと唇を落とし、行ってくると家を後にしていた
役人に連れられ現場へと出向いてみれば
そこには悲惨な惨状が広がる
「……テメェは、あの時の――」
痛みに嘆く人々の中、一人血に塗れたまま立ち尽くす女性が一人
薄い微笑を口元に携え李桂の声にゆるりと向き直った
「……これだけ有れば、きっと指斬り様は満足してくれる。親指は、これで充分」
相も変わらず意味不明な事を呟きながら
李桂達へと背を向けて歩く事を始める
だが当然逃がしてやるつもりなどなく、李桂は土を蹴り付け相手へと脚を蹴って回した
当てる事は態とせず、相手の着物を掠めて裂くだけ
裂かれた袂を彼女は唯々眺め見るばかりだ
「酷い事をするのね。この着物は、私のお気に入りだったのに」
「そりゃ悪かったな。何せ脚癖が良くないもんで」
嘲笑って返せば、物静かだった相手の表情が僅かに変わり
斬り落とした指を口へと含む
骨を噛んで砕く音
その音にまるで呼応するかの様に指を斬られた人々が突然に騒ぐ事を始め
その様は見るからに異常で、そして直後に二人へと襲いかかってきていた
「李桂!これは一体……!?」
突然の事に状況把握が出来ず、雪月が李桂へと説明を乞う
状況理解が出来ていないのは李桂も同様で
唯々、相手を睨めつけるしか出来ない
「……どうして抵抗しないの?しないとアナタ立ち死んでしまうわ」
守りに徹するばかりの二人へと嘲笑が向けられる
抵抗など出来る筈がなかった
唯操られているだけの相手を傷つけることなど
「雪月、退くぞ!」
手も脚も出せないのであれば
取れる手段は一つ
雪月の襟首を引っ掴むと、踵を返し走り出していた
取り敢えず姿が見えなくなるまで走る事を続け、細い脇道へと入り込むと二人は地べたへと腰を降ろす
肩で荒く呼吸する二人の背後へ
音もなく人の影が現れ、だが気配を感じたらしい李桂は首をそちらへと巡らせていた
見る先に居たのは、いつぞやに出会った少年だ
「……親指、斬られちゃったね。もう、後には戻れない」
相も変わらず意味不明な言葉を呟き李桂の手を取って
親指へと噛みついていた
痛みは感じない程の甘噛みで
その意図は全く分からない
「気をつけた方がいいよ。もう始まっちゃったから」
含みのある言葉を李桂へと言い放つと、少年は姿を消していた

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