《MUMEI》

『ももたぁ〜?』




私は、仕事帰りに真っ直ぐももたの店へ向かった。




『お〜咲良。
昨日は、サキを泊めてもおてあんがとな…あいつ。
ちゃんと大阪帰ったか?』




『………帰ってないよ。
……私が引き止めた!』




『はぁ!?』




ももたの顔が一気に険しくなった…。




『…なんでやねん!?
余計な事すんなやっ!
これは、俺らの問題や言うたはずやぞ!?』




『……………だって。』




『だってやないわっ!!
部外者のお前が口出すことやないやろっ!
勝手なことすんなや!』




いつも穏やかに笑っていたももたが、怖いくらい真剣に怒ってる…。
ももたにとって“サキさん”は、よっぽど特別なんだって思い知らされた…。




『…そんなに怒んないで。勝手な事したのは謝るよ…ごめんなさい。』




ももたは、困った顔で髪をクシャクシャにした…。




『…すまん。
俺も、言い過ぎた…。
サキに“もう帰れ。”って伝えてくれ。
…頼むわ。…咲良。』




ももたの表情は、怒った顔から切ない顔へと、一瞬で変わった…。




『…ももた。
サキさんとヨリを戻して。…………先週の土曜日。
あの日が原因なんでしょ?…だったら
…私、部外者じゃないよ。…張本人じゃん!
私のせいで二人が終わっちゃうなんてイヤだよ!
…ねぇ。…ももた。
悪いのは私じゃん…。
サキさんを悲しませるのは間違ってるよ…。』




『…ちゃう!
……お前は関係ない。』




目を合わさない、ももた。




『…そんなの…いつもの…ももたらしくないよ。
…逃げてる。
…ももたは“逃げグセがつくから何も逃げない”って言ってたじゃん!
…私、言うよ。
サキさんに言う……。
[先週の土曜日の事]!』




『…おまっ…お前アホか!やめろよっ!
絶対言うなっ!
そんな事して一体、誰が喜ぶねんっ!?
みんな傷つくだけや…。
あの日の事は言うなっ!
…あの日は
お前も俺も、どうかしとったんや…。
忘れた方がええ…。』




『…忘れられないよ。
そんなの…忘れられるわけないじゃん…。
確かに、あの日の私は、いつもと違ったよ…。
…でもね。
あの日、初めてももたに、今まで誰にも言えなかった悩みを聞いてもらって…
…助けてもらって。
私は…
人生で一番素直になれた時だった…って思ってる。
私には…
大切な大切な記憶なの。』




おかしな事を言っているのは、自分でも気付いてた。また、ももたを困らせてるって分かってた…。




『…サキには
言わんとってくれ…。
もう…これ以上、悲しませたくないねん…。
今のまま別れたら、まだ…“サイテーな男にフラれたわ〜”って笑えるやん。
すぐ他に好きな奴、出来るかもしれん…。
そやけど…
こないだの事知ったら…
信じてた奴に裏切られたなんて知ったら…
辛いやろ…。辛すぎや…。そんな思いをサキには、させたないねん…。』




“ももたは逃げてる。”と啖呵をきった自分が情けなかった…。
ももたはサキさんを悲しませたくないから黙ってる。




サキさんに全てを話して、責められる方が、きっと“楽”なのに…。
“フる”より“フラれる”方が“楽”なのに…。




それが…ももたの、サキさんに対する“愛情”?




だったら…
……一体私には、何が出来るの?




全てを話して、謝ることが唯一の私に出来る“償い”だと思ってたのに…。
それは、サキさんを苦しめるだけ…?




そして…自分が“楽”になりたいだけ…?

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