《MUMEI》 ガタガタとジャラジャラ電話口に出たのは、女の人だった。 テストが終わった、最初の日曜なので、鶴田先輩のお母さんに間違いない。 声の感じや、落ち着いている感じや、情報では、姉がいない事になっている。 山田の情報が正しければ。「あのー、鶴田先輩と同じ部の、山下と言いますけど、先輩いますか?」 電話をかけたのは夏海だった。 同じ部活をしていると、嘘をついたのだ。 母親とみられるその女性は、 「ちょっと、待ってね」 と、いい、受話器を手で押さえながらだろう、 「ゆうすけー、でんわー」と、叫んでいた。 「もしもし、一年の山下と言いますが」 と、言ったところで、夏海を知っているかのように、「あぁ、山下さん?!ね」と、答えてきた。 疑問に思いつつも、夏海は続けた。 「友達が、先輩に話があるみたいで、いいですか?」それだけ、言うと、夏海は、由佳にすぐさま、受話器を渡した。 「もしもし、わた、わたし、すず、すずき、ゆか、です……あのー、先輩、あのー………」 夏海と千明はボックスから出ていたので、話の内容は聞き取れない。 うつむいたままの、由佳だけがボックスの中に、取り残されていた。 取り残されてから、5分か10分か、時間が経つ。 由佳が、ボックスから出てきた。残りの十円玉も、音を出して出てきた。 「どう?」 と、千明がいい、夏海は十円玉を取出しながら、興味深々、由佳をながめる。 何も言わない由佳。 だまったまま、ボックスを背に、うつむく。 「言えなかった」 と、一言。 〈なんで?〉 と、二人は思うが、ガタガタ震えている、由佳をみたら、聞けなかった。 「とりあえず、帰ろ」 そう、夏海は言った。 ポケットの中の、十円玉だけは、ジャラジャラと、音をたてた。 前へ |次へ |
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