《MUMEI》 ◆◇◆ 傍らの若人が、去ろうとした刹那。 「随分と穏やかになったな」 狐叉が何気なく呟いた言葉だった。 彩貴は動きを止め、きょとんとした目を狐叉に向ける。 彼があまりに拍子抜けしたように見え、狐叉は苦笑を浮かべた。 「いや、すまん。気付いていなかったようだな」 彩貴は、何の事だ、とでも言いたげな眼差しをする。 だが狐叉があまりにおかしげに笑うので、思わずつられてしまっていた。 「初めてだな」 再び彩貴が狐叉を見た。 その七尾は、微笑しているように見える。 「お前がそんな風に私の前で笑うのを見たのは──初めてだ」 ◆◇◆ 前へ |次へ |
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