《MUMEI》
六月十二日 日曜
 角南クンは朝から背広姿で出て行った。わたいはお水をやりながら、
「あれ・・・今日はぴしっとしてるわね。どっかに行くの?」
「・・・友達が海外留学するので空港まで送りに行ってきます」
「へえ〜、凄い。どこに?」
「ウイーンだと言ってました。バイオリンを勉強するそうです」

 わたいはそれは薫クンだとぴんと来た。
「角南クン、大した友達を持ってるのね。ここに来てた人?」
「・・・一度・・・来ましたが、お姉さんには会ってないと思います」
 へへん!ちゃんと会ってるわい!

 駅の方に行く角南クンの背中はまた寂しそうになった。ふーん、留学する前に一度だけの逢瀬で来てくれたのね。薫クンにはこれで恋の思い出となって永遠に記憶に残るのね。・・・男同士でも恋は恋なのね・・・感動したわ。

 夕方、キッチンから何気なく外を眺めると、階段に背広姿のままの角南クンがぼおっと座って空を見ているのが目に入った。
 飛行機に乗った薫クンを想っているのか、喧嘩して出て行ったりんクンの帰りを待っているのか。今の彼にはいつもの愛を求めて彷徨する求道者の面影は無かった。
 わたいは食卓に用意していたお皿を持って勝手口から出て、角南クンのところへ行った。
「・・・リンゴ食べる?」
 角南クンは驚いた顔をしたが、にっこり笑うと、
「いただきま〜す」

 リンゴにかぶりついた。

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