《MUMEI》
十二月十日 月曜
 学校があるのに角南クンは出て来ない。昼頃運動着姿で出て行ったと思ったらコンビニの袋にお酒を一杯入れてビールを飲みながら戻ってきた。完全に自棄になっている。

 夕方、HクンとNクンが来た。部屋で励ましていたようだが、だんだん会話の声が大きくなってきた。
「お前な・・・振られたぐらいでしっかりしろ!りんは世界に挑戦に行ったんだぞ!お前も見習ったらどうだ!」
 Hクンだ。
「・・・五月蠅いな。お前等の知ったことか!帰れ!」
「何!」
「馬鹿野郎!」
 殴り合いになる寸前にNクンがHクンを部屋から出した。
「まったく・・・情けない野郎だ!」
 と言いながら彼らは帰ってしまった。

 夜、夕飯の後かたづけをしていると階段から凄い音がした。
 慌てて出てみると角南クンが踏み外して転げ落ちたらしく、一番下のステップに寄りかかって座り込んでいる。
「大丈夫?」
 わたいは駆け寄った。
「・・・へへへ・・・やあ!オネエサン!こんばん・・・わっ」
 最後のシラブルで頭をこっくりする。見ると擦り傷だけだ。しかし酒臭い。
「・・・どうしたの?角南クンらしくないわ」
「・・・お・・・俺は・・・こんなもんですっ・・・どうしようもない・・・」
「何故、追いかけないの?」
「へっ?」
 角南クンはびっくりして顔を上げた。
「何故、りんクンを追いかけないの!」
 わたいの顔は鬼のようになっていた。
 角南クンは私の形相から目を背けると、しらけたような顔をして指で頬を掻いた。泥酔した人間がよくやるしらばっくれた表情だ。
 だが悲しみが戻ってきたのか、目を潤ませるとぽつりと言った。
「あ・・・い・・・つは・・・俺を捨てた・・・んです」
 わたいの顔を見ない。
「俺より・・・夢の方が・・・良いと」

 ばっしーん!

 わたいが角南クンの頬を思いっきりひっぱたいた音だ。角南クンは仰天してわたいを見た!ほっぺたにわたいの手の跡がついている。
「お互いの夢を大切にして守るのが『愛』じゃないの!」
 わたいの声は大きかった。店子達が何事かとドアを開けて様子を伺う。わたいは大股、仁王立ちで怒りに身体が震えていた!・・・この事件の後、わたいにタメ口を叩く店子はいなくなった・・・
「貴方は大きな負債を負ったわ!りんクンと自分を裏切ったことに対してね!貴方が出来ることは一つしかないよ!・・・」
 角南クンの目から涙が出てきた!大きく開かれた瞳がわたいを見た!
 その答えを必死に探していたのだ!
「貫く事よ!りんクンへの想いと自分の夢をね!」
「あいつへの・・・想い・・・俺の夢・・・?」

 わたい達の上に白いものひらひらとが降りてきた。寒気がしんしんとその帳を下ろす。これから冬に入るのだ。辛く寒い・・・



この物語は拙著「あいつ」の別の側面から綴ったものです。「あいつ+サー・トーマス」で検索下さい。

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