《MUMEI》 「櫛……覚えているか?土産でレイに渡したやつ。」 懐かしい。 確か修学旅行の土産だったはず。 「ああ……大分前だ。」 昭一郎も覚えていたらしい。 「レイはあれをずっと大切に持っていた、 俺は羨ましかったよ。」 「あんな物……」 昭一郎の瞳は冷たい。 「俺は嘘をついた。 古くなった櫛の代わりに新しい櫛を渡すように頼まれたと……、櫛を手に入れるために嘘をついた。」 ただ、彼女の髪を梳いた櫛が何度も惑わす。 「掠め取る価値なんかある物じゃないだろう。」 俺の言葉を頭から叩き落としてゆく。 「昭一郎がレイに渡したものだ。 羨ましかったよ。俺には何も無かった。」 「何を言う……」 昭一郎は俯き、曇る眼鏡を拭く。 「昭一郎が好きだった。」 憎いくらいに。 「止めろ、らしくない。」 不快そうな面持ちだ。 「本当だよ。だから、俺は昭一郎を……」 抱いたんだ。 前へ |次へ |
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