《MUMEI》
第一章 残照
「後ろに乗れよ。送っていくよ。」
 あいつはつなぎスーツの胸のジッパーを、上に閉じながら言った。銀色掛かった灰色のワンピースに同じ色の長ブーツ。締めたベルトが格好良く胴を縊らせている。V字の紫の線が、背中の縫い合わせに入っている。ブーツの脹ら脛の両側から踵まで、やはり紫の筋が見える。
「えっ・・乗っていいのか?」
 俺はちょっと驚いたように聞き返した。
 あいつの後ろ姿を見ながら、後ろにぴったりとくっついて乗る自分の姿を想像していたのだ。でもそんなことは起こらないだろうと思っていた。
 あいつは、俺がときどき変(、)な目であいつを眺めていることを知っているはずだ。
 あいつは面倒くさそうに、
「送って行くって言っただろ」
 首までの髪を襟から出しながら上目使いに言って、くるりと翻って、右の長靴の裏を見せながら400CCに跨った。俺はスーツのためにさらにふっくらしたあいつの尻を見ていた。形の良い尻のラインに、陰部の膨らみがさらに俺の心を掻き立てた。
 俺が見ているのを知っているのか知らないでか、俺に尻を突き出すようにしてペダルを踏み込んだ。挑発するかのように。
 俺はじっと見入っていたが、ようやく体を動かした。
 あいつは何も知らないのかも知れない。俺の気持ちを気づかれれば、後ろに乗れとは二度と言わないだろう。これは、俺がヘマをしなければ、普通の友人としてこれからも続くだろう交友の一コマなのだ。
 エンジンを吹かしながら待っている背中におずおずと近づいた。
 幸運にも、俺の興奮は歩くことによって収まってきた。
 あいつの体に触れないように後部の座席に跨る。あいつの背筋はいつも伸びている。俺より一回り小さい体格のあいつのうなじが間近に見える。
 あいつが半分振り返った。
「なんだよ。それじゃ振り落とすよ。俺の体に捕まれよ!」
「こ・・こうかい?」
 俺はあいつの胴に手を回した。
「もっと強く捕まらないと駄目だ。」
 あいつは何故か、にやりとしたようだった。
 俺は自分の左手首を握った。胸があいつの背中に触った。スーツのゴムの臭いがした。あいつの髪の匂いと混ざっている。鼻に神経を集中させる。


 轟音とともにバイクが動き出した。
 ゴーグルを掛けたあいつは体を前に倒しアクセルを開けた。前輪が浮き上がった様だ!タイアの焦げる臭いと悲鳴!俺はものすごいGを感じて、振り落とされまいとあいつの背中に密着した。必死に腕に力を入れ、顔をスーツに擦りつけた。奴の背筋はこんなに柔らかかったのか!

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