《MUMEI》
二本目 人差し指
 ひどく空気の冷えた朝だった
普段ならまだ睡眠の最中にある筈の李桂なのだが、その日に限って彼の姿は自宅横の寺院の本堂にあった
今更だが彼の本職はソコの住職で
珍しく法衣に身を包み経を読んでいる
「何、してるの?」
広く、物静かな本堂
李桂以外居ない筈のソコに、別の声が鳴った
既に聞き馴染みになりつつあるその声に、李桂はゆるりと膝をそちらへ回す
「テメェこそ此処で何してる?」
そこには、声と同じく見慣れてしまった少女の姿があって
少女は微かに笑うとふわりと身を翻しながら
「今度は、人差し指。沢山、沢山集めるの」
李桂の手を取り人差し指を掴む
小さな手にはそぐわぬ程の力で握られ、だが李桂は何を抵抗するでもなく無い表情で相手を見下すだけ
「……テメェ、何が目的だ?」
その手を振り払う事はせずに低く問うてやれば
少女は満面の笑みを浮かべ、己が人差し指を李桂の腹部へと宛がった
「ね、どうしてこの指が人差し指っていうか知ってる?」
「は?」
突然に話し始めた少女に
訳が分からない李桂は思い切り疑問符を投げかける
「……解らないんだ、解らないんだ。人差し指はヒトを差す指、ヒトに示す指なのに」
少女のの口元が嫌な笑みに更に歪んでいって
向けて見せる人差し指に、多量の血滴が滴り始めた
「まだまだ斬るの。人差し指はヒトを導く指だから」
やたら楽しげに話す事をする少女
紡ぐ言の葉は相も変わらず意味不明で、李桂は深々しい溜息を一つはく
「テメェの言葉は相変わらず一方通行だな。結局の所何が言いたい?」
無駄に続く会話
言葉通り一方通行でしかないソレに、李桂は心底ウンザリといった様子で
更に深く溜息をつくと立ち上がり、その場を後にしようと引き戸に手を掛けた
勢いよく全開にしてやれば、薄暗かったソコヘ差し込んでくる朝の陽
穏やかな温もりに、昨日の事が嘘であってほしいと、柄にもなく切に願ってしまう
「……無駄だよ。この世は指切り様のモノ。指斬り様は、自分の邪魔をするモノは絶対に放っとかないの。神様でも仏様でも何だって壊しちゃうんだから」
「仏を目の前に堂々とした宣戦布告だな」
そこを出る間際に少女の声が聞こえ、首だけ振り向かせてやると李桂は心底憎々し気に吐いて捨てる
微かに口元を緩ませるだけでその少女は瞬間に姿を消していた
静けさを取り戻したそこを改めて後にし、李桂は外へ
出掛けて向かうは雪月の邸だ
「御住職、どちらへ?」
法衣のまま街中を歩く李桂に周りからの声が掛る
その声に一応は脚を止め、散歩だと適当な理由を言って返して
交わされる他愛のない会話
今、この瞬間互いの間にあるのは穏やかな日常だった
「そういえば、御住職のその姿、とても久しぶりに見た気がしますね。お似合いなんだから常にそれでいらっしゃればいいのに」
「こんなもん、似合った処で嬉しかねぇよ」
法衣など、葬式の時か余程の事がない限り着る事はしないのだ
そう考えると、今自分が酷く動揺しているのだとようやく自覚する
「御住職?」
小難しい表情で考え込む事を始めてしまった李桂へ
相手からの呼ぶ声
その声に、努めて笑い顔を作り、何でもないのだと返すと李桂は改めて歩く事を始めていた
「次は、人差し指だね」
雪月邸の門前まで辿り着いてすぐ、ソコに先客の姿があった
少女が現れると大体付いて現れる少年
睨めつけてやれば、だが少年は笑ったまま人差し指で李桂を指す
「人差し指はヒトを刺す指、ヒトを殺す指。それを(奴)は欲しがってる」
表情なく李桂を指差したまま
見ればその指からは血が滴り落ち土を汚していた
「……早く、行かないと。本当に手遅れになるよ」
流れ落ちる朱を拭う事もせず少年は瞬間に姿を消して
後に残ったのは土の上の血痕のみ
李桂は無表情にソレを眺め、蹴って砂を掛けてやって戸を手荒く叩く
すぐ様に目的の人物が姿を現し、李桂へと苦笑を浮かべて向けていた
「……李桂。うちの戸、そう新しくはないんですから。もう少しお手柔らかにお願いします」
「そんな軟な戸さっさと換えろよ。それより」
ここで一度言葉を区切り、李桂は壁へと身を凭れさせながら

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