《MUMEI》

『…待って!』




帰ろうとした私を引き止め、サキさんは水で濡らしたタオルを渡してくれた。




『…それで、頬冷やし。
いきなり殴ってしもて、ごめん…。痛かったやろ?』




『…ううん。』




サキさんの優しさに胸が張り裂けそうになった…。




『私な……』




ゆっくりとサキさんが話し始めた…。




『私な……。
桃太に会いに行った時、初めて咲良さんを見て
“この人のせいかな?”って…実は、思ててん。
なんかオカシイやろ?
…私も
“別れの理由が知りたい”とか言うといて…
桃太に咲良さんの事は、聞けんかった…。
聞くんが怖かったん…。
…だからこれ以上、咲良さん責められへんわ…。
桃太と私は、もう終わってしもたし…。』




『…そんな。
サキさんもまだ、ももたのこと愛してるんでしょ?
それとも…この話を聞いて嫌いになった…?』




考え込んでいるサキさんを見て…
“悩んでる”ならまだ、ももたとやり直せる気がして、たまらなかった。




『…サキさん。
来週の3月3日…
うちの町内で祭りがあるの…。
ももたは、サキさんを忘れようと必死で、祭りの準備をしてる…。
…見てるのが辛いくらい。…もし……もしも。
サキさんがももたを許してくれるなら…
またやり直す気持ちがあるなら…
まだ愛してるなら…
祭りに来てほしい!!
頑張ってる、ももたを見てほしいの…。
お願い…来て……。』




興奮した私が、
何を話したのか…
何を伝えたかったのか…
自分でも、よく分からなかったけど…
ただ一つ確かな事…
それは“この二人は別れちゃいけない!”という事だけだった…。




サキさんは私に根負けしたように、笑った…。




『…咲良さん、
やっぱ変わってるわ。
…わざわざ大阪まで責められに来て、そんで必死になって、私らをくっつけようやなんて…。
人が良いんか…悪いんか…よぉ分からん(笑)。』




笑顔のまま、涙を流したサキさんに、これ以上何を言ったらいいのか分からなくて、ただ謝り続けた…。




『…謝るのはもう無し!
それより、3日の祭りの事やけど…。
ちょっと考えさせて…。』



サキさんの声のトーンは低かったけど“きっとうまくいく”…なんて、根拠のない自信があった…。




こうして私の有給休暇は、あっという間に終わった。




そして…3月2日。
祭りの前夜に、最後の“町内会議”が行われたけど…拍子抜けするほどあっさりと終わった。




帰り道…ももたは不機嫌そうに言う。




『あぁ〜、明日はせっかくの祭りやってぇのに、みんなイマイチ盛り上がってへんな…。なぁ?咲良。
お前もそう思わへん?』


『まぁね。…小さいお祭りだし仕方ないよ。
私達で盛り上げよっ!』


『なんや?咲良。
たまには、えぇこと言うやん!…そやな〜なんか祭りを盛り上げるサプライズでもあるとええんやけどな〜。うーん…。』



一生懸命悩んでいる、ももたに“サキさんが来てくれるかもしれない”というサプライズは黙っておいた。



『…なんや。お前!
1人でニタニタ笑ろて、気色悪いやっちゃの〜。
なんか企んでんのか?』


『気色悪いとは何よ?
失礼な〜!…ふんっ!
ももたには、何にも教えてやんないよ〜だ!!』


『なんや?教えろや〜!』




こんな風にももたと、ふざけあうのは本当に、久しぶりだった…。
“明日は、いい日になるといいなぁ〜。”
なんて思っていた…。




ピロリロリーンッ♪




そして私の携帯が鳴った。

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