《MUMEI》

「・・・いつまでこうしてるんだよ?」
 あいつはやっと首を上げて俺を見た。目が眉が怒っている。どこかでこの顔を見た。奈良のどこかの寺の仏像の写真か何かだったか?
 俺はあいつの口を思わず吸った。
「だ、大介!な・・何をするんだ!変態!」
 口を付けた瞬間、あいつは俺の腕の中で身を捩って暴れだした。俺は逃すまいと腕を絞り、あいつの腰を引きつけた。もつれあって俺たちは倒れた。

 あいつは尻餅をつき、俺に足を向けて俺を近づけまいとした。俺は構わずよつんばいであいつを追った。
「く、来るな!来ると本気で蹴るよ!お前の内臓ぐらい軽く蹴破るぞ!」
 あいつは背中で逃げて突き当たった流しの戸に頭を付け、両足を畳んでこちらに向けながら必死に叫んだ。サッカー選手の足は凶器だということを、聞いたことがある。

「・・・蹴れよ・・・お前に蹴られて死ぬならそれでいいぜ。バイクに乗ってるときも、お前と事故で死んでもいいって思った」
 あいつの顔に一瞬、恐怖の影が現れた。
 そして近づいた俺の胸に足の裏を付けて、俺を突き離そうとした。俺は蹴られる覚悟をしていたが、あいつは蹴ろうとはしなかった。
 俺は足をかわしながら、あいつの両腕を掴み力の限り引きつけた。
 体質なのか、これと言った運動もしていないのに俺の握力は林檎を握りつぶすほど強い。俺の父も祖父もそうだった。

「あっ!痛い!」
 あまりの腕の痛さの為か、あいつは足の力を緩めた。足首に力がなくなり、俺の両脇に足が流れた。
 俺はあいつの足を割ってあいつの上に覆い被さった。あいつの口を再び吸おうと顔を近づけた。あいつは怒りの目で俺の顔をじっと見つめていた。だが、ふと視線を泳がせると、

「・・・こんなとこじゃ、いやだ・・・お前の寝床に連れてけ」
 なんとかして俺から逃げる策略を巡らせているのだろう。小説家志望の俺には通じない。
「俺のスキを見つけて逃げだすつもりだろう・・・」

前へ |次へ

作品目次へ
ケータイ小説検索へ
新規作家登録へ
ケータイ小説サイト!
(C)無銘文庫