《MUMEI》

 京浜急行の特急の中であいつはポケットに手を突っ込んで、ドアの端に寄っかかって眠そうだった。

 俺はあいつを右にして開閉ドアから外を見ていた。
 あいつを見ると、俺の方を向いてうつむき加減で目を瞑っている。俺はどきっとした。
 微笑むように穏やかに目を瞑っているあいつは幸せそうで、天使の様だった。十八になったばかりの体はまだ骨張っておらず、中性的な柔らかさを保っている。髭は生えない体質らしい。頬や顎は少年のようなまろやかさを保っていた。俺と会ってから伸ばしている、真っ黒で艶やかな髪は頬と首に優しく垂れている。
 はじめて会ったとき暗い茶髪に染めていたが、あるとき止めろと言ったら次の日に落として来たのだ。あの時はまさかこんな仲になるとはつゆにも思わなかったが。
 周りの女学生からため息と囁きが聞こえた。
「・・・あの子、可愛い・・・」
 冷や汗をかきながら目を配ると、会社員風のマッチョ男や、おばさん達も横目で見ている。
 そのときあいつが目を上げた。夢の続きを見ているように俺を見た。俺はドアに面して立っていたことを神に感謝した。
 俺の「馬鹿者」はトランクスの布に阻まれ低速ギアの位置でもがいていたからだ。
 あいつが俺の右腕を掴んだ。俺を引き寄せると俺の右肩に頭をもたせかけてまた目を瞑った。
 三浦海岸までの時間のなんと長かったことだろう。俺は真っ赤になりながら、ドアにぴったりと張り付き、あいつを起こさないように仁王のように突っ立ったままだった。背中に羨望の視線と俺の野暮さに対する嘲笑を浴びながら。

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