《MUMEI》
味わう
(どうすんだ…これ)


部屋に帰った俺は、潰れたマドレーヌと睨み合っていた。


捨てる事は簡単だった。


(でも…)


『ごめんよ、潰れちゃって。次はちゃんとしたのを持ってくるからね』


形が、あまりにも似すぎていて、捨てる事が出来なかった。


(馬鹿だよな、俺)


旦那様が俺に持ってきたのは、屋敷のパティシエが作った逸品だった。


しかも、旦那様がわざわざ俺の為に厨房まで行って、高級な真っ白いハンカチに包んで持ってきてくれた、思い出の品だった。


(こんなの、食っても吐くだけじゃんか)


俺は、マドレーヌを握り締めた。


小さな、貝の形のマドレーヌ。


俺は、それを口の中に放り込んだ。


モグ…


(…?)


モグモグ…


(!?)


…ゴクンッ!


「あ…れ?」


いつもの、吐き気が来ない。


(しかも、この味…)


屋敷で食べたのに、すごく、似てる。


(嘘だろ?)


パティシエと、高校男子の味が、同じはずない。


(嫌だ)


旦那様が亡くなって以来、美味しいなどと感じていなかったのに…


(嫌だ、嫌だ)


俺は、トイレに駆け込み口の中に指を突っ込んで、無理矢理吐いた。

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