《MUMEI》
マンションの入口
(やっぱりオートロックか)

俺は、扉の前で相田先生に教えてもらった部屋番号を押した。


『…はい』


聞こえてきたのは、志穂さんの声で、俺は自然と緊張していた。


「あ、あの、俺、田中です。屋代さんの隣に住んでて、…」


『あぁ。どうしたの?』


「あ、あの。学校の司書の相田先生に頼まれて、希先輩に、渡す物があるんですけど…

今、いますか?」


『…』


微妙な間があった。


「あれ、祐也じゃないか」

「祐先輩」


振り返ると、祐先輩はいつもと変わらぬ笑顔を俺に向けた。


その手にあるのは、確かに希先輩が持って行った荷物だった。


『そこに祐がいるの?』


「うん。希、どうしてる?」


『…』


祐先輩の質問に、志穂さんは答えなかった。


かわりに志穂さんは、俺から希先輩に渡す荷物を持ってくるようにと、祐先輩に告げた。


『ごめんなさいね、田中君』


「いえ」


そして、志穂さんは会話を終わらせた。


「じゃあ、預かる」


「お願いします」


俺は、祐先輩に三冊の台本を渡した。


そして、祐先輩は、俺に手元を見せないように暗証番号を押して、扉の向こうへ消えていった。

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