《MUMEI》

「何か動きはあったか?」
との雪月への問い
何の動きかは、言わずもがなあの界隈の事で
雪月の表情が、堅く強張ったものへと変わる
「つい先程、役所の方々が偵察に向かいました。俺も今から向かおうと思っていた処です」
丁度いい時に来た、と登場の時分を褒められ、雪月は三和土へと下りると草履へと脚を入れる
雪乃を呼び、出かける旨を伝えると頬へと唇を触れさせ、そして出かけた
二人の仲睦まじさに、だが既に見慣れてしまっている李桂は何を突っ込む事もせず
唯々大儀気に目的地まで歩いていく
その界隈に差しかかった矢先
目の前に広がるは惨状
朱が至る所へと散り、その中に倒れ伏す人の姿に李桂たちはことばを失う
一体何が起きているというのか
状況理解がこの瞬間に成される筈もなく、近く倒れていた役人の一人を雪月が抱いて起こしていた
だが既に事切れていて
血の臭いがやたら生臭く感じる
「……返して。それは私の指よ」
突然に聞こえた、か細い声
そちらへと向き直ってみれば、そこに居たのは以前指塚で合った女性で
返して、と再度呟く
「早くしなければあの子の指が斬られてしまう。全てが壊されてしまうわ」
まるでうわ言の様に生気無く呟いて
ゆっくりと歩み寄りながら手を差し出してきた
「返して、下さいな。それを、早く」
「断る」
「何故?あなたも指が必要なの?」
「テメェみてぇな悪趣味と一緒にすんな」
出されたその手を払って退けながら吐き捨てて向ければ
相手の顔が徐々に悲し気なソレへと変わっていって
涙すら流し始めた
「ならばどうしろと言うの?このまま何もせずあの子が醜く変わっていく様を見ていろとでも言うの!?」
突然癇癪を起したかの様に喚き始めたかと思えば
指を斬られた人々が、以前と同じに二人へと襲いかかる
何ら変わる事のない現状に李桂は派手に舌を打った
上に巻いていた数珠を咄嗟に引きちぎり、辺りへとまき散らすと
口早に経を唱える事を始める
途端に周りの動きがピタリと止まり、まるで糸の切れた人形の様に次々に地べたへと倒れ伏した
自我を取り戻す事が叶い、だが指を斬られた痛みに呻きもがく
「雪月、医者呼んで来い」
相手を見据えたまま雪月へと言って向ければ
解ったと短く返答があり、脚音が走り出して行った
「……人間が、指斬り様に逆らうというの?」
驚いているらしく、声の中に震えが混じる
「認め、ない。認めないわ!このままではあの子が、くるみが!」
両の手で顔を覆い、膝を土の上へと落として
喚く言の葉の意味を、やはり李桂は理解出来ない
何を
するでもなく唯見下ろすばかりだった
「何、泣いてんの?大人の癖に見っとも無い」
泣いて叫ぶ女性の背後
突然に声が聞こえたかと思えば、一人の少年が姿を現して
ゆっくりと歩み寄って、そして女性を前に膝を屈め腰を降ろした
「ゆ、ゆうり……」
「やり方、無茶苦茶だよ。これじゃアイツを追い詰めるばっかりだ」
「でも……!」
「くるみの奴、今眠ってる。寝言でずっと母さんの事、呼んでるよ。早く、帰ってやって」
「くるみが、私を?」
「眠ってる時位、傍にいてやってよ」
早く、と急かす様に少年・ゆうりに背を押され
女性は慌てて踵を返すとその場を走り去っていった
「大人の癖に本当、馬鹿なんだから」
溜息混じりに呟いて、ゆうりもまた姿を消す
相も変わらず理解不能なそのやり取りに、最早李桂は蚊帳の外で
残されたその場で一人
痛みに呻く人々へ、取り敢えずの応急処置を施してやりながら雪月の到着を待ったのだった……

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