《MUMEI》
強制送還
「いいから帰るぞ」


「…ほんの、欠片でもいいんだ。それ、くれないか?
…頼む」


俺の手元には、旦那様の遺品は何も無かった。


たとえ、声の聞けないゴミのようなテープのほんの欠片でも、俺はどうしても欲しかったのだ。


「仕方ないな。…来い」


俺は、忍に手招きされて、立ち上がり、近付いた。


「このくらいなら…」


ト―ンッ…


(うっ…?)


首に痛みが走った。


忍は的確に俺の意識を奪った。


…目を覚ますと、見覚えのある天井が見えた。


毎日見ている、アパートの、俺の天井


「汚ねーぞ…」


両隣を警戒して、俺は叫びたくても叫べなかった。


旦那様は地味で目立たないは俺の普通ではないと言ったが、それでも、近所迷惑になるような叫び声を出すのは普通では無いと思えた。


かわりに、俺は…


普通の男はこんなに泣かないだろうと思う位、声を殺して泣いた。


忍は、そんな俺に何の言葉もかけずに部屋を出ていった。


数時間後。


トイレに行った帰りに、ふと鏡を見た。


思わず、苦笑した。


俺の顔は、屋代さんに失恋した翌日の希先輩にそっくりだった。

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