《MUMEI》

「俺が三十二歳って分かったら引いた?」

俺は、かなり動揺してしまってます。



「是清は、是清だよ。それに、二十代後半には見えるし。」

乙矢はことも無げに言う。
やだ、ちょっと嬉しい。若作り頑張った甲斐がある。



「……なんかあったろ。二郎ちゃん絡み?」

だって、初めて家に来た時みたいな顔だった。


「二郎が自殺しようとしててさ、彼女出来てたのは知っていたんだけど、可哀相に上手くセックス出来なかったらしいよ。
抱きしめたとき、溶けてなくなるかと思った。」



「チャンスだったんじゃん、抱かなかったの?」

乙矢に睨まれた。



「家族だからな、二郎が哀しかったら俺は胸を貸してやるまでだよ。

ずっと二郎を抱きしめる間、是清を思い出していた……声とか髪とか肌とか。


俺が自分で思うより、是清の存在は上回っていたみたいだ……そっちはどうして欲しい?」

カップ片手に乙矢は口元の笑みを隠した。


なんだそれ……かっこいいじゃないか。
これ以上惚れちまったらどうしましょう。




「――――俺、援交のつもりじゃないし犯罪者になるつもりでもないけど、超セックスしたい。
恋愛ですよ、これは。俺ってば嵌まっちまった。」

決まっているさ、包み隠さずが俺のモットー。



「是清、公園で俺を降ろしたとき無視しただろ?」

乙矢がカップを置く。

「それは……」

別れだと思ってたし、お迎えらしい姿が見えた。

「哀しかったなあ、泣いちゃうくらいに。」

わざとらしい言い方だな。

「本当かよ。」

横に首を振る動作が余計にざーとらしい。


「そう、それでその仕返しに泣かせてやろうな?」

……含み笑いをする乙矢は不気味だ。

「……嫌です。」

丁重にお断りしたい。

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