《MUMEI》

『…顔の傷、痛む?』




『いや。平気…。』




吉沢さんは食べる度、しきりに顔を歪めているのに、強がっていた…。




『…それより昨日は悪かったな。…怖い思いさせちまって…。』




『…ううん。
私の方こそごめんなさい。吉沢さんと初めから、こんな風に話しておけば良かった…。なんかね…赤ちゃん産まれたんだし、早く別れないとって焦ってた…。』




吉沢さんの優しい口調に安心したのか、私も素直に話せた。




『…俺達、本当に終わりなんだな…。』




『…うん。
あのね。いつか吉沢さんが私に言ってくれたんだけど“好きな人が出来たら俺に遠慮すんなよ”って。
あれ覚えてる?』




『…あぁ。覚えてるよ。』




『私出来たの…好きな人。って言っても片思いだし、気持ちを伝えるつもりもないんだけどね(笑)!』




私が笑って言ったのは、吉沢さんと別れる口実なんかじゃない真実なのだと分かってほしかったから…。



『…それって
…………ももたくん?』




『…え!?何で!?』




吉沢さんの確信した様子に動揺して叫んでしまった。




『…ははっ。咲良は相変わらず分かりやすいな〜。
…俺も薄々感じてた。
ももたくんも咲良が好きだと思うけどな〜。』




『そっ…そんなことないよ!ももたには、ちゃんと他に好きな人が…。』




『そうかな?
初めて、ももたくんに会った時も俺…すげー睨まれたし。昨日も本気で殴ってきやがった…。惚れてる女の為じゃなきゃ、あそこまでムキになんねーよ…。』




『…ううん。ももたは、ただ良い奴なの。私に特別な感情はないよ…。』




一瞬の沈黙…。




『…なぁ、咲良。
俺、お前には感謝してる。だから俺と別れた後は幸せになってほしいんだ…。
次は“条件”も“期限”も無い恋愛をしてほしいって思ってる。
ももたくんなら咲良が幸せになれるんじゃないか?』




…吉沢さんの言葉に、何も返せなかった…。
だって“ももたといれば私が幸せ”だなんて…
そんな事…私が一番分かっていたから。




『…私、ももたに告白してもいいのかな?』




…本心だった。
吉沢さんは黙ってニコッと笑う。




…食事を終え、吉沢さんが言う。




『…咲良!
これで本当に“さよなら”だ。…ありがとう。
これからは仕事仲間として宜しくな。…百瀬さん。』




『…はい。
桃ちゃんの良いパパになってください!』




『おう!』




そう言って、私達は“さよならの握手”をした。




帰り際…タクシーに乗り込む前に振り向いた吉沢さんは大声で叫んだ。




『咲良!最後に一言だけ
“ももたくんのこと頑張れよ〜!!”』




と言い残した。




こうして、私のたった数ヶ月の恋愛は終わった…。
吉沢さんとなら、これから同じ職場でも会社の同僚として接しられる…。
そう思って安心した。




帰り道…ぼんやりと自分の影を見ながら歩いた。




辺りは真っ暗で、風が肌寒かったけど、何だか酔ったみたいに心地よくて…
気付けば、何時間も1人で夜道を歩いてしまった…。




さすがに、これはマズイと思い、足早に家に帰ると、マンションの前に懐中電灯を持ったまま、辺りをキョロキョロと見回している、ももたがいた。




『ももた!?
…何やってんのこんな時間に?…変態みたいだよ。』




『この〜!どアホ〜!!』




私は、いきなりももたに怒鳴られた。




“何で〜?”

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