《MUMEI》

澤田の周りが、血溜まりになっていく。
葵は、仁田のもとに駆け寄って、泣きそうな顔で仁田を支えた。
「悪いな。油断した。」
勢いよく流れる血液は、鮮やかに仁田の服を染める。
「どうしよう仁田さん!?」
葵は動揺して、腹の傷と仁田の顔を交互に見ている。
「大丈夫だ。鍵貸せ。移動だ。」
そう言って、仁田は葵の頭を撫でる。
葵は不安そうに、仁田に鍵を渡した。
仁田はフラフラと車に乗り込み、葵は助手席に座る。
ゆっくりと車がホテルを出ると、仁田は海の方に車を走らせた。
「…くそ。」
岸壁に車を止め、仁田が外に出る。
「お前も来い。」
仁田が笑う。
いつもの笑顔よりも優しく。
葵は助手席から降りて、座り込んだ仁田に抱きつく。
「お願いだから病院に行きましょう!」
「それは無理だ。俺は命を消し過ぎた。」
「何言ってるんですか!」
葵が叫ぶ。
それは悲鳴のように、仁田に届いた。
「今回の仕事でお前の仕事を辞めさせるつもりだった。だがもう遅いらしい。」
葵の頭を撫でる。
その手はとても冷たかった。
「お前の貯金が2000万くらいあるから、俺の貯金と合わせて1億。俺はもうダメみたいだから好きに使…え。」
そう言って、仁田は葵に覆いかぶさるように倒れた。
「仁田さん?そんなのダメです。一緒に部屋に帰りましょう。」
仁田を仰向けにして、葵が問いかける。
仁田の目は、もう何も捉えていなかった。
葵は仁田を抱きしめたまま泣いた。

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