《MUMEI》
これが普通?
「キヨさんがいなくなって楽になったわよね〜」


職員室の入口から聞こえる若い女性職員の声に、俺は中に入るのをやめて、聞耳を立てた。


キヨさんとは、春日さんの事だったから。


「ホントホント。オムツ交換とか嫌がってなかなかさせてくれないし。
はずしてトイレ行こうとするしさ〜」


「自分の体、わかってない年寄りは困るわよね」


「ね〜、で、転んだらうちらの責任になるしさ」


休憩時間なのか、複数の声が聞こえてきた。


(普通、嫌に決まってるだろ?)


老人は、春日さんは赤ん坊ではないのだから。


それに、春日さんは人に迷惑はかけたくないと言っていた。


「でも、あの人身よりないから楽よね」


トイレに行こうとして、ベッド柵を越え、床に転落した春日さんを発見したという職員がホッとしたように言った。


「そうそう。家族からクレーム来ないし」


「今、煩いからね」


(何だよ、こいつら…)


誰も本気で春日さんを心配していない。


(それとも、これがここの普通なのか?)


俺は、無意識に拳を握りしめていた。


「あのケガで、設備の整ってない診療所に入院希望なんて、早く死にたいんじゃない?」

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