《MUMEI》

それと同時に、地を這う指の群れがピタリと止まり、動く事を止める
「……これは。ヒトの分際で随分と小難しい事をなさる」
「一応は、坊主だからな」
「人間は、指切り様に支配されるべき生き物。逆らう者は殺さなければ」
戒められた腕を解放しようともがく老婆
しかしそれは叶わずに
もがけばもがく程、糸は複雑に絡み解く事は容易でなくなる
「……何、遊んでいるのかな?早く指を持って帰らないと指斬り様に叱られちゃうよ」
どうにかして糸を解こうと四苦八苦する老婆の背後
幼な声が聞こえ、くるみが姿を現した
「役に、立たないね。そんな子、要らないよ」
子供らしい無邪気な笑みを浮かべながら
しかし、その眼は酷く濁り、目の前の物すらまともに映す事をしていない
今までとは明らかに様子が違い、そして次の一瞬に老婆の悲鳴が聞こえ始めた
無数の人差し指に身体を刺し抜かれ
大量の血液を流し、老婆の身体が地に伏せる
「……次は、君だよ。この人みたいになりたくなかったら言う事を聞いて」
血で汚れてしまった人差し指を舐めながら、まるで脅すかの様な言の葉
だがそれに応じてやる事を李桂は当然せず、下らないと一言だけを返していた
「下ら、ない?どうして?」
小首を傾げてくる相手へ、李桂は返す事はせず
札を一枚取って出すと、また経を読む
読み終わると同時に土を蹴り、李桂はくるみの懐へ。入ってやり札を胸元へと押しつけて
瞬間、札が青白く発火する事を始め、段々と広がっていった
「私、燃えてる?」
火ではある筈だが熱を感じず、青白いそれに包まれていく己が身に、くるみは困惑気な顔
暫く燃える事を続け、漸く消えたかと思えば全身に火傷の様な跡が残る
何かの文字の様に見えるソレに、くるみは李桂の方を見やった
「何だか気持ち悪いよ。これは、何かな?」
火が広がれば広がる程に感じる違和感に耐え兼ね膝を落とし
自身を抱き、その不快感に懸命に耐えていた
「これは、何かな?君は一体、何をしたのかな?」
「別に何も。唯、対物の怪用の結界、張ってみただけだ」
「……嫌、気持ち悪い。やめて、やめてよ。……やめろぉ!」
違和感にもがきながら、くるみはその形相を一変させていた可愛らしい少女の面影はなくなり、ひどく醜い歪んだ狐の様な顔へと変わっていく
「お前達は唯指を寄越せばいい。他の存在意義などお前たちには必要ない!」
声すら濁り、その変わり様はあまりにひどいソレで
だが眺める李桂はいたって平然としていた
「指を、お前の指を寄越――」
言葉も途中、突然にくるみの身体が地に伏す
意識を失ったらしい彼女に、だが何をしてやる訳でもなく唯見下すばかりだ
一体、何がどうなってしまっているのか
ただでさえ理解出来ない事ばかりだというのに更に解らなくなってしまい溜息が止まらない
「驚かないんだ」
一人立ち尽くす李桂の背後
突然に聞こえる声にゆるりと首を振り向かせてみれば、そこにゆうりの姿があった
そして別段変わる事のない李桂の様に意外そうな顔をして向ける
「……こいつね、指斬り様に憑かれてるんだよ。こいつ、昔ちょっとした事故で指全部無くしちゃって。それが、母さんにとっては酷く辛かったらしくて。泣いてばかりいた母さんの処に、ある日狐みたいな動物があらわれたんだ。……それが、指斬り様。くるみに指をもらう代わりに、指斬り様は人間の指を集めろって、二人にお約束をさせたんだ。」
突然に身の上話をされてしまい一体自分に何を望んでいるというのか
全く見当などつく筈もない
「助けてやってよ、二人を指斬り様から解放してやって」
「何で俺が」
「だって、指、斬れなかったから」
「だから何だ?」
意味が分からない、と続けてやれば
「どうして解ってくれないんだよ。こんなにも言ってるのに!」
突然に癇癪を起し始めた
まるで駄々を捏ねる子供の様なゆうりに、だが泣き喚く子供をあやす術等持ち合わせてはいない李桂は唯、眺め見るだけだ
「駄目なんだ。この指でないと。アンタじゃないと!」
李桂の人差し指を取り、子供の精一杯で握りしめてくる
痛みはない
だが、何故か胸苦しさを覚え、李桂はゆうりの手を振り払った

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫