《MUMEI》
親父の願い
「最後にお前に頼みたいことあるんじゃ」

 親父のその言葉は意志の強いしっかりとした口調だった。
医者から余命を宣告され、いつどうなっても不思議でない状態の病人のそれとは思えないほどだ。
54歳…。やっておきたかった事はまだたくさんあるに違いない。
俺は親父の話に耳を傾けた。

「何?頼みって」

「わしのバイクを古い友人に渡してきて欲しい」

「バイクって…、あんなに大事にしてたカワサキを?」

そのバイクは1980年式のカワサキZ1000 MKU。親父は入院の前日まで毎日のようにそいつを磨いてた。今でも不調な部分はひとつもない。あそこまでのコンディションを維持しているMKUはおそらく日本中どこを探しても見付からないだろう。
親父は続けた。

「バイクをそいつに渡してこう伝えてくれ。『あの日1分早く出発した。すまなかった』と」

「何だ?それ。それじゃ意味が分からないよ」

「お前が分からなくても相手にはちゃんと伝わる。頼む。最後の親孝行のおねだりだ」

こっちの返事を待つまでもなく、親父はベッド脇の引き出しから相手の住所が書かれたメモと一枚の古い写真を取り出し、俺の方に差し出した。

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