《MUMEI》
後悔
 
「岩田さんは初めからわざと負けるつもりだったんですか?」

岩田がまたゆっくりと目を閉じる。
答えを待つ間に俺はコーヒーを二度口に運んだ。


「私は恋の散り際の自分に酔ってただけだったんだ、きっと…。
その思い上がりがたっちゃんを苦しめる結果になってしまった」

「父が苦しんだ?
岩田さんのお陰で父は幸せになれたんでしょ?」

「たっちゃんは真っ直ぐな人間だ。
幸せな環境が育つごとにレースの日の自分を悔いるようになっていったんだろう。
きっと十字架を背負ってるような気持ちだったんじゃないかな。
そして、いつかその重さに耐えられなくなってしまった」

「それで岩田さんと顔を合わすのを避けるようになってしまったと…」


岩田は黙ってこくりと頷いた。そして、

「しかし、何故今頃あの日の事を私に謝る気になったんだね?」

と今度は俺に向けて問い掛けを始めた。
もう親父の病気の事を黙ってるわけにはいかなかった。

「実は…、父は数年前から心臓を悪くしてしまいまして、もういつどうなってもおかしくないほどのところまで…」

俺が話し終えるのが先か、岩田が立ち上がるのが先か、

「馬鹿もん!
それを真っ先に言わんかっ!」

吹き飛ばされるほどの勢いだった。

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