《MUMEI》

「ほら、ここであの雲みたいなマボロシからわたしが逃げ遅れた時に一瞬、マボロシが止まったでしょ?」

「……ああ、あの時ですか。その時から先生がその状態に?」

「かもしれない。だって、他に特別思い当たることがないもの」

羽田が言うと、凜は「そうですか」と考えるようにテラの顔を覗き込んだ。

「……すべてのキーは、テラなのかもしれませんね」

そう凜が呟いた時、突然辺りがパッと明るくなった。

驚いた二人は頭上を見上げる。
しかし、眩しすぎる光のせいでそこに何がいるのかわからない。

「先生、こっちへ」

凜に引っ張られ、羽田は後ろへとよろめく。
同時に羽田が立っていた場所の地面が一気に焼け焦げた。

「な、なに?」

「少なくとも、味方ではないようですよ」

慌てる羽田に凜は冷静な言葉を返し、光の外へと向かう。
 光が照らしているのは半径五メートルほどの円の中のみ。
そこから出ることができれば、攻撃も届かないだろう。
しかし二人の動きに合わせて光の円も移動し、抜け出すことができない。
しかも少しでも立ち止まると、その場所の空気が熱せられて焦げてしまう。
 逃げても逃げてもきりがない状況に、羽田も凜も焦りを覚え始めたその時、「耳を塞いで伏せろ!」という男の声が聞こえた。
一瞬、二人は顔を見合わせ、そして言われた通りに耳を塞いでその場に伏せた。
それとほぼ同時に頭上でガラスが割れるような音が響いた。
羽田は思わず、空を見上げる。
眩しかった光は、徐々に小さな光の球へと変わっていく。
それはまるで少し大きなホタルのようだ。
そしてついに消えてしまう、その瞬間、羽田の塞いでいるはずの耳に何か声が聞こえてきた。

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