《MUMEI》

 間近に見る忍の顔。
 気の強そうな眉に長い睫毛。可愛い鼻と口・・・
 俺は背をさすっていた手で忍の髪を触った。そして徐々に上に掻き撫でる。髪の匂いを嗅いだ。柔らかく艶のある髪が鼻をくすぐる。甘く野風の様な匂い。
 そして忍の顎を上げさせ・・・俺はその柔らかい唇に口をつけた。

 甘い時間・・・俺の股間は脹れあがり痛いほどズボンを押し上げる。
 だが、忍がしゃくり上げた。
「ううっ!」
 次の瞬間、俺のシャツは忍の吐いたもので汚れた。

 俺たちは鳥居家の玄関に着いた。
「吾郎さん・・・シャツ汚してご免・・・今日は有り難う」
 忍は寄っていけとは言わない。兄は出張で居ないとレストランで言っていた。
 その時は悩ましい目で俺を見たのに。
 酔っていても、俺が口づけしたことが分かったのだろう。帰る途中、忍は一言もしゃべらず横を向いていた。

 がちゃがちゃと鍵を開ける忍に俺は聞いた。
「・・・また映画に一緒に行ってくれるか?」
 忍は手を止めたが、こちらを見ない。
「・・・分かんない。そのときの気分で行けたら行くよ」
 俺は絶望的な気持ちで、最後の望みを伝えた。
「また、一週間後の同じ場所で同じ時刻・・・」
「お休み」
 忍は家に入ってガラス戸をぴしゃりと閉めた。

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