《MUMEI》
懐かしきリズム
 
 毎年恒例の事だが、1月2日はBARの大掃除の日である。

盛大なカウントダウンパーティーが終わってそのままの店内は冗談抜きで嵐が去った後そのもののようだ。

 しかし、いつもとは違い、今年は数倍早く片付きそうな勢いだった。
常連客のアキさんが好意で応援に駆けつけてくれたのだ。

 彼女のお陰で夕方にはもうメインフロアのワックス掛けを残すのみとなっていた。
こういう仕事は男がどんなに頑張っても段取りのいい女性にはかないっこないものである。

 そんなアキさんがフロアの真ん中でモップの柄に顎を乗せながら呟いた。


「ふ〜ん。 椅子をどかすと案外広いのね、ここのフロア。
これじゃワックス掛けも一苦労だわね」


「いやいや、ここまで出来てりゃ終わったも同然。
後は一人でも大丈夫ですからアキさんはそろそろ帰り支度を始めちゃってくださいよ」


 僕がそう言ってフロアの方へ振り向くと、彼女はスピーカーから流れるBGMに合わせて体で軽くリズムを刻んでいるところだった。


「ねぇ、マスター。
この曲、Madonnaの
『Like A Virgin』よね。
懐かしい〜♪」


「1980年代か…。
ディスコミュージックの全盛期ですね」


「ふふ…、ほんとね。
“ディスコ”なんて今や死語よね。
けど、改めて聴くとやっぱりいいわぁ、この頃の曲…。
ほら、マスターもこっちへ来て踊ったら?」


「え!? だめだめ、そんな…、照れくさくって踊れませんってば」


「あれあれ〜?
ここまで片づいたのはどこの誰のお陰かしらね〜。
私の言う事が聞けないとでも言うのかしらー?」

こういうセリフを言う時の彼女の少しイジワルな表情は昔からたまらなくチャーミングだった。


「参ったな…」


 僕がそう呟いてフロアのに出たのと同時にMadonnaの曲が終わり、今度は甘いスローバラードが流れ始めた。


 Phil Collinsの
『One More Night』だ。

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