《MUMEI》
勘の鋭い人
その人物は、俺より先に屋上に来ていた。


「すみません、遅くなって」


俺が屋上の扉を開けると、そこには夕焼け色の空が広がっていた。


「いいのよ。劇、お疲れさま。大成功ね」

「ありがとうございます」

俺は、その人物に丁寧に頭を下げた。


(き、緊張する…)


俺は、誰よりも、この人の…


仲村さんの妻


志穂さんの前では、緊張する。


「あの… 話って?」


志穂さんの姪にあたる津田さんを振ってしまった俺は、いつも以上に緊張していた。


「余計な事だと思うけど、一応、言っておこうかなと思って」


?


俺は、首を傾げた。


「志貴ちゃんの事で」


(ば、バレてる?)


仲村夫妻と屋代さんは、最前列ではなく、真ん中辺りで劇を見ていて、ステージ上で演技中の俺からは見えなかった。


普通は、俺と津田さんのやりとりがバレるはずはない。


(それでも…この人なら)


異様に勘の鋭い志穂さんなら、気付いてしまったのかもしれない。


そう思い、俺は無言で固まっていた。


「別に、志貴ちゃんを振った事について、怒ってるわけじゃないから、安心してね」


(やっぱり…バレてた)

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