《MUMEI》
女としての幸せ
 
そう言うと、ふっと彼女の瞳に悲しみの影が射すのが見えた。


「マスターも知ってるでしょ、去年私が体調を崩してしばらく安静にしてた時の事…。
 あの時ね、いろいろと考えたの。
 今の主人と出会って、家庭を持って、世間並みの幸せは手に入れたつもりよ。
 でもね、もし昔好きでたまらなかった人とそのまま結ばれていたとしたら、いったい今頃どんな人生になってたんだろうな、なんて…」


「んん…。
それとさっきの"女"の話との関連が僕には分からないんですが…」


「そうよね…、私が少しどうかしてるのかもしれないわ。
 ただね、妻や母としては幸せでも、女としてはいったいどうなんだろうって、それだけの事なの…」
 

 彼女はそう言うと突然僕の胸に深く顔をうずめてきた。

 もしかしたら泣いているのかもしれない。


「アキさん。 僕は今目の前に居るあなたに凄く惹かれてしまっています。
 こんな魅力的な女性を妻に娶ったご主人はすごく幸せ者だと思う。
 そして、こんなに素敵なお母さんを持つお子さんもとても羨ましいと思います。
 良妻であり、また優しい母親でもあるアキさん。
 僕は今のあなたが最高にいい女に見えているのですが…」

「ほんとに?」
と、持ち上げた顔のまつげが涙で濡れていた。
やはり泣いていたのだ。

僕は答えた

「ええ、もちろん。
髭がファンデーションから突き出てこないうちはね」


「もう!いい加減にしてちょうだい」

と彼女は再び僕の胸に顔をうずめた。

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