《MUMEI》
1#深紅の霧
眼下に広がるのは山の間を頼りなく伸びる細い道だけ。
お気に入りの赤松の枝に腰掛け、夏の終わりを惜しむ生暖かい夜風に濡れた黒髪を遊ばせていると人の叫び声とも山に生きる獣の声とも取れる音が微かに聞こえてくる。

――あぁ、また戦か。

「そうま、草馬」
足元から聞こえてくる男にしては高い声に視線を送り、素早く地上へと降り立つ。
「草馬ぁ、なにみてたの?客?」
「屋敷に戻るぞ、ベッコウ。」
黄金色の髪をした少年の闇に浮かび上がる蒼白い腕をつかむと屋敷への道を早足に進み始める。


――戦の場所が割と近かった。大抵、戦の後は屋敷が忙しくなる。戦で昂った精神が殺戮に飽きる頃、屋敷に集まるのだ。
誰かを犯したいのか、温もりが欲しくなるのか、理由は十人十色だが、皆今日の終わりを欲してやってくる。
そして、それを屋敷は受け入れる。
どれだけ殺そうが、どれだけ奪われようが、どんな大罪人だろうが名の知れた武将であろうが、屋敷への床代さえ払えば皆に平等に夜は訪れるのだ。

「草馬ぁ、早いよぉ追い付けなくなっちゃう」
「何言ってんだよ、ベッコウの腕はオレが掴んでるんだから置いてきぼりになる訳ないだろ」
そう言って引き寄せるとフワリと小柄な少年が草馬の腕の中に収まった。
「やだなぁ草馬ぁ、強引なんだからぁ」
フフッといたずらっ子の様な声で笑うと、黄金色の髪を草馬の首筋に撫で付ける様にして見上げてくる。
急に大きな瞳に見据えられ、草馬は口を開けたまま固まってしまった。
「草馬ぁ、、、」
無意識にゴクリと喉をならし少年の灰色の瞳を見つめる。
気を抜けば底の無い沼にでも飲み込まれてしまいそうな感覚に捕らわれる。
「痛いよぅ!」
「ヘッ?!!」
自分でも驚くくらいのスットンキョウな声を上げて少年を見返すと、灰色の瞳には涙が目一杯に貯まって抗議の視線を投げ掛けていた。
「う・で・!」
今すぐ離せと言わんばかりにブンブンと振り回す。
慌てて手を離すとピンと張った糸が切れたかのようにベッコウは後ろへステップした。
「悪かった」
「ほんと!草馬はぁ馬鹿力だよぅ!」
腕を擦りながら馬鹿力の痕を見せてくる。ベッコウの蒼白い肌にしっかりと指の後がついていた。
「後、ついちまったな。」
「困るんだよねぇ〜こうみえて僕ぅ、一番の稼ぎ頭なんだからぁ〜気をつけてもらわないと〜」
「は、はい…」
「、、、プッ、、あははは!!」
地面に落ちる木の実を見ながらガックリと頭を垂れる草馬の横で、堪えきれなくなった笑いを吐き出しながらベッコウが駆け出した。「あはは!素直に謝ってる草馬初めて見たよ〜そういう所あるんだぁ〜早く屋敷に戻って、お屋敷主様に教えて差し上げなくっちゃぁ〜」
「待て、ベッコウ!!お屋敷主様にだけは!言うなーー」
跳ねるような足取りで屋敷へ向かうベッコウに草馬の叫びは虚しく、森に飲み込まれていくのだった。


夜は段々と厚さを増して行き、深い深い闇夜へと姿を変えようとしていた。

次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫