《MUMEI》
恩返し
 
「僕のために人間の言葉を?
どういう事なのかもっと分かりやすく説明してくれないかい」


「恩返しさ。
君は僕の命の恩人。そのお返しをするために僕は人間の言葉を一生懸命習得してその機会をずっと今まで待っていたんだよ」


「僕が命の恩人だって?」


ネズミは一度コクリと頷いた後、スルスルと本棚の縁を伝ってデスクに降り、青年を見上げた。


「君が覚えてなくても僕には絶対忘れられないさ。君が10歳の時のサマーキャンプでの出来事。
湖で溺れそうになってた僕をカヌーに乗った君がすくい上げて森に帰してくれたじゃないか」


「あぁっ!思い出した。
あの時のネズミが君なのかい?
…でもずいぶんと昔の事だし、恩返しだなんてあまりにも大袈裟な話だな」


「大袈裟なことなんてあるもんか。
あの頃、母さんが病気で倒れてて、たくさんの幼い弟や妹たちの世話を僕が全部やってたんだよ。
あの時、君が助けてくれなかったら僕たち家族はどうなってたか…。
死んだ母さんの遺言でもあるんだ。
君が人生最大の危機を迎えた時、必ず力になってあげなさいって…」


ネズミの目からホロリと涙がこぼれ落ちる。
それを見た青年も今にも貰い泣きをしてしまいそうにしぱしぱと瞬いた。

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