《MUMEI》 「御住職、今日は本当に有難う御座いました」 雲一つない晴天の翌日 以前に依頼されていた役人たちの葬儀を終え、皆で揃って本堂にて茶を啜っていた 改まって頭を下げてくるその女房たちに、それを止めるよう李桂は促して 湯呑をお盆の上へと置くと軽く溜息をついていた 人間とはなんと脆いことか そう考え出してしまえば ヒトが講じる自衛手段など、この世を生き抜いていく中で大した拠り所にもならないのだと思えてしまう 「けれど御住職」 「あ?」 考え込み、黙り込んでしまう李桂へ 女房の中の一人が声を向けてきた 何だと聞いて返せば 「一体、主人達を殺したのは誰なんでしょうか?」 己が主人達が殺されるに到った経緯を訊ねられる それに明確な答えなど返してやれる筈もなく、その事がやはり歯痒い 李桂がしてやれる事といえば、黄泉へのせめてもの餞に経を読んでやる程度の事でしかなかった 「……す、すいません。こんな事、御住職に聞いたら、御迷惑ですよね」 「いや、こっちこそ答えてやられなくてすまん」 求める問い掛け、与えてやる応え 今、どちらともがおぼつかず、不明瞭で 重苦しい沈黙ばかりがその場を支配していった その内に雨すら降る事を始め 古めかしい寺の屋根を、水滴が打つ音がひどくする 雨がひどくならない内に帰った方がいい、とそこにいる全員へ帰宅を促せば 皆も納得し、帰宅の途へ着いた 「気を付けてな」 揃って帰る背にそれだけを言ってやり、李桂は表戸を閉じる 閉じたその戸へと背を預けると、力なくその場へと座り込み立てた片膝へと頭を凭れさせた 死者を弔う 何度経験しても、やはり慣れるものでは当然にない 「……人の死に対し無感情になってしまったら人ではなくなりますからね。あなたの感情は当然だと思いますよ、李桂」 女房達と入れ替わりに本堂へと戸を開き入ってきた人の影 顔を上げて向けると そこに雪月が立っていた おそらく葬儀が気に掛ったのだろう、彼の衣服も真黒の喪服でその手には死者への手向けに菊の花が握られていた 「……雪月、来たなら少し酒に付き合え」 それだけを呟くと李桂は立ち上がり酒を取りに自宅へ 酒を持って戻ってきた李桂がまた腰を据えると、それを雪月へと出してやる 「珍しいですね。ですが、こんな処で酒盛りとは華月に怒られはしませんか?」 盃を受け取りながら指摘して来る雪月へ 何を気にする様子もない李桂は、己が杯に手酌し早々に飲み出した 庭に咲く花々を酒の肴に愛でながら それでも酔う事が出来ないのは、厄介事に首を突っ込んでいるが故なのだろうと 李桂は微かに肩を揺らし 「本っ当、らしくねぇな」 己を、嘲った 薄紅を一枚、盃の酒の上へと受け止めながら 李桂は困った風に口元を緩ませるばかりだ 「……李桂、くれぐれも気を付けて下さい。貴方が真面目に何かを成そうとする時は大体ロクな事がないんですから」 穏やかな、だが手厳しい雪月の言葉 その言い草に多少の引っ掛かりを感じずにはいられない李桂だったが 敢えて反論する事は今は避ける 互いに会話が続かず、溜息をつきながら酒を煽るばかりだった 「まぁ、思い悩むなんてガラにも無い事、しない方が賢明だと俺は思いますよ。そんな事をしても疲れるだけですから」 変わらず穏やかな物言いに やはり引っ掛かりを覚えつつも納得する 盃に残った酒を一気に飲み終えると李桂はソレを床へと放りだし、出掛ける為草履へと脚を入れていた 「李桂?」 李桂の突然の行動に雪月は首を傾げ 出掛ける旨を伝えてやれば、雪月もまた盃を置く 「……本当に落ち着きがありませんね」 苦笑を浮かべながらも、李桂の後に続いていた 向かったのは、指塚だ 相も変わらず欝蒼とした竹林。一歩踏み込めば 「ゆびきりげんまん指を斬る。一度指を斬ったなら、二人で一人が当たり前、死ぬまで一緒がお約束」 以前、雪乃が聞いたと言っていた歌が聞こえ始め 同時に林全体がざわつき出した 李桂・雪月は互いに身を構え辺りを見回す 前へ |次へ |
作品目次へ 感想掲示板へ 携帯小説検索(ランキング)へ 栞の一覧へ この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです! 新規作家登録する 無銘文庫 |