《MUMEI》

いつもより食卓を囲む人数が多いが誰も口を開こうとしない。
食器とフォークやナイフが僅かに擦れる音ばかりが広い天井から漏れてゆく。


「人殺しに成らずに済んで良かったな。」

兼松が林太郎に囁くように云う。
閑散とした空気に重みが加わる。


「父さん、止めて下さい。やっと熱も下がりましたのに……」

春三が間に入ろうとする。


「其れは、貴方がですか、其れとも俺が……どちらにしてもあの別荘と因縁が有ったようですね。」

林太郎は食事の礼儀作法も覚え、厭味の一つも零せるように為った。

兼松が声を漏らさぬように噛み締めて嗤う。


「あれは、八尋が屋敷の起きた悲劇に感動し、後生大事にしていた、お前の母親の為に買ったものだ。」


「父さんが……」

意外な返答であった。


「お前がよおく働けば呉れてやってもいい。」

兼松は悪戯っぽく嗤う。


「実朝に譲ったのでしょう父さん。」

真造が冷淡な口調で兼松を睨み付けた。
春三と慶一が来たせいで、林太郎と兼松との食事時間に合わせた真造であったが、いつものように別々で食べるべきだと彼は胸中で後悔した。


「真造兄さん、あの別荘は管理を任せているだけなんですから林太郎君が譲り受ける可能性は十分有ります。

其れより、林太郎君てば八尋兄さんのこと、父さんて……。」

春三が指摘するように林太郎はごく、自然と八尋のことを父親として呼んだ。

「嗚呼、本当だ。いつの間にか……申し訳ありません真造様、圓谷を名乗っておりますのに出過ぎた真似をしてしまいました。」

林太郎のその押さえ付けるような物云いが真造は気に入らなかった。

「……まあ、研摩することじゃないか。」

此れ以上は不毛だと判断し真造は席を立った。
春三の林太郎に対する気の遣い方も苛立たせる。

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