《MUMEI》
思い出のイチゴ味
俺は、病室の冷蔵庫から最後の一缶を取り出した。


時刻は、昨日夕食が配られた時間になっていたが、今度は誰も来なかった。


(あれ、…この味)


バニラではなく、イチゴ味の栄養補助飲料。


その味を、俺は知っていた。


(…やっぱり)


缶に書いてある会社名は、春日グループの傘下の製薬会社だった。


おそらく、この病院にある全ての薬品は、この会社のものだろう。


俺は、これを、過去七回飲んだ事があった。


一回は、俺が風邪を引いて何も食べれない時に、也祐から、口移しに飲ませてもらった。


そして、残り六回は


『俺は、明日から来れない。それを、一日三本ずつ飲め』


そう言って、放置された二日分の食事だった。


『也祐も忙しいん、…だな?』


不安げに見つめる俺の目を、忍は見なかった。


俺の質問にも答えなかった。


『…残さず飲めよ』

『飲んだら、…也祐はまた来てくれるのか?』

『…飲んだら

全部、教えてやる』

『何をだ?』

『お前の、知らない旦那様の全てを。

そして、この世界の全てを』


そして、俺は、躊躇いながらも、今と同じように与えられた物を全て、…飲み干した。

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