《MUMEI》

誰の気配もないと、訝しんだ次の瞬間
地面から、人差し指の時と同様に大量の中指が湧いて出た
土の上に散乱する指
不快な景色に顔を顰めた、その直後に
二人の前へと青白く光る狐の様な形をした影が現れる
「……テメェが、(指斬り様)か」
以前にゆうりから聞かされた話を思い出し、李桂は身を構えたまま札を袂から取って出して
口早に経を唱えると札を影へ
投げつけてやり、発火を始めた札が影を覆い始める
泣くような細い声が聞こえ、だが影はその火を払い除け李桂の目の前へ
ある筈のない実態に、中指が噛み斬られていた
「……テメェらは、一体何をどうしたい?」
流れる血液を気に掛けもせず
李桂は珍しく穏やかな声で問う
この朧気な存在に、答えなど求めても無駄だと思いながらも
拉致の明かない無意味なやり取りに飽き、問う事を試みた
すると、影が不意に歪む事を始める
変わっていく姿・形
それは人の様な、キツネの様な何とも半端なものだった
「……私は、憎いの。憎くて憎くて堪らないの」
聞こえてきた声は、人のソレとは程遠い雑音
ソレが語った理由も、やはり要領を得るものではない
その旨を溜息混じりに影へと言ってやれば加賀は李桂へと、手の様な何かを差し出してきた
「私は、憎いの。私の指を奪った人間が。だから私はあの子と、指切りを交わす事が出来なかった。(お約束)さえ交わせていたらあの子は……」
何かを嘆き始めた影
白く、不安定に揺らめくその影の傍らに
何故かくるみの姿があった
「……くるみは、悪い子。指斬り様とのお約束、守れなかった。でもね、くるみは一生懸命指を集めたの。お約束を守ろうって、頑張ったんだよ」
独り言の様に呟きながら
李桂へと向けられた眼は濁り、何を映す事もしてはいない様子で
その内に、くるみの頬を一筋、涙が伝い落ちた
「……許して、指斬り様。お願い、許して……」
両の手で顔を覆い、泣き崩れるくるみ
その身をまるで慈しむかの様に影が包み込んでいく
朧げなソレは、だがくるみを抱いて喜んでいるらしく
ひどく穏やかにソコに漂う
「……あなたはあの子によく似ている。大丈夫、あなたには慈悲をあげる。だから泣かないで」
「本、当?」
泣く事を止めないまま小首を傾げ問う事をするくるみへ
指斬り様は穏やかさを絶やす事はせず、さらに影を伸ばしくるみを覆っていく
まるで誘われるかの様にくるみはソレに身を委ねていた
瞬間に、二人の姿が消え
李桂と雪月
二人残されたその場にあるのは静けさばかりだった
「……雪月、帰るぞ」
指塚へと一瞥をくれてやった後
これ以上此処にいても無意味だと判断したのか
踵を返し李桂は帰路へと着いた
雪月もその後に続き
竹林をでた矢先の事だった
「……間に、合わなかった。奪われてしまった……!」
くるみの母親が、膝を崩し泣き崩れていたのは
子供の様に声を上げ泣くばかりの母親
暫く嗚咽に喉を引き攣らせていると、突然にえづく事を始める
「……や、めて。お願い、出てこないで!」
何かを拒絶しながら、胃液を吐いて出し始め
酸い臭いを漂わすその中には、何故か大量に人間の中指が混じっていた
李桂・雪月は当然に驚き、母親は慌ててその指を拾って集め始める
全てを拾い集めると、逃げる様にそこから走り去っていった
その姿が完璧に見えなくなって直後に
「中指、吐き出したんだ」
背後から、ゆうりの声
李桂はそちらへと向いて直る
一体彼女に何が起こったのかを問うと、ゆうりはため息をつき、そして話す事を始めた
「指斬り様にとって中指は必要ない指なんだよ。あっても無くても別に関係のない指だから要らないって、母さんに全部食わせたんだ」
相も変わらずわけの解らない物言い
怪訝な顔をして向ける李桂に、ゆうりは更に言の葉を続ける
「要らない指なんて、一本だってないのに」
言う事を終えると、ゆうりは母親の背を追うかの様に走り去って行った
その跡には一本、千切られた中指が落ちていて
まだ微かに動くソレを、李桂は踏んで潰すと歩く事を始める
だが途中で脚を止め、雪月へと名を呼んだ
「……お前、中指が邪魔だって、思った事あるか?」
妙な問いをしていると思いつつ
李桂は雪月へ、それを問う事をしていた
一瞬、開いた間
だが

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